風を感じる城跡の楽しみ。
矢島城跡の特徴
標高728mに位置する歴史的な城跡です。
矢島さんの屋敷跡から発掘された陶磁器や松明。
削られた南側の地形が魅力的なスポットです。
「浅望ふれあいロード」沿いに案内看板が設置されていました。案内看板は草の繁っている場所にあってとても見にくい場所です。道路のある場所は主郭の近くで道路を挟み込む形で城が造られているようです。
寒風の夕方、訪れました(^_^;案内板があり、城跡はありませんが、雰囲気を感じると、なんだか少し楽しい気持ちになりました。凍結目立ち、冬に訪れるにはスリップに気を付けましょう!
矢嶋城跡(700m/25m)別名:矢島城遺構:郭,堀城主:八嶋氏(矢島氏)歴史:築城年代は定かではないが矢島氏によって築かれたと云われる。 矢島氏は望月氏の一族で、養和元年(1181年)の横田河原の合戦には木曾義仲の軍中に八島(矢島)四郎行忠の名が見え、承久3年(1221年)の承久の乱でも官軍の中に「やしまの次郎」の名が残る。南北朝時代になると望月氏一族は衰退し、大井氏・伴野氏の勢力が伸び、この辺りも大井氏の勢力下となった。説明:矢島城は矢嶋集落の西にある北へ伸びた比高25m程の丘陵に築かれていた。 現在は山全体が開墾されて畑となっているが、段々となった曲輪の跡は比較的残っているのではないだろうか。しかし、主郭を含めて南側に道路が貫通してこの辺りは消滅している。発掘調査によって空堀や柱穴五十七個、中世の陶磁器などが出土している。案内:主郭まで農道が付いている。案内板は南側を貫通している道路の南側にある。
標高728m、城跡説明板がある道路で南側が削られてる(^o^;)矢島さんの屋敷跡で発掘調査では堀跡に柱跡があったラシイ陶磁器と松明も出土したラシイ今は..ほぼ畑とヤブだったり(;^_^A
矢嶋城跡(700m/25m)別名:矢島城遺構:郭,堀城主:八嶋氏(矢島氏)歴史:築城年代は定かではないが矢島氏によって築かれたと云われる。 矢島氏は望月氏の一族で、養和元年(1181年)の横田河原の合戦には木曾義仲の軍中に八島(矢島)四郎行忠の名が見え、承久3年(1221年)の承久の乱でも官軍の中に「やしまの次郎」の名が残る。南北朝時代になると望月氏一族は衰退し、大井氏・伴野氏の勢力が伸び、この辺りも大井氏の勢力下となった。説明:矢島城は矢嶋集落の西にある北へ伸びた比高25m程の丘陵に築かれていた。 現在は山全体が開墾されて畑となっているが、段々となった曲輪の跡は比較的残っているのではないだろうか。しかし、主郭を含めて南側に道路が貫通してこの辺りは消滅している。発掘調査によって空堀や柱穴五十七個、中世の陶磁器などが出土している。案内:主郭まで農道が付いている。案内板は南側を貫通している道路の南側にある。
| 名前 |
矢島城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
2.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2026/3/20耕作によりかなりぼんやりしてるけど曲輪の配置は良くわかる。主郭の奥には土塁と堀切がセットになっていたと思うが、ばっさり削り落とされてしまった。