熊野古道の傾斜飲み屋。
太刀之宮の特徴
熊野古道沿いの立ち飲み屋で、軽トラも通る農道の魅力がある。
蕪坂塔下王子から約5.6分の好アクセスが魅力的である。
県道164号線に位置し、傾斜のきつさが新しい発見をもたらす。
立ち飲み屋だって。一杯飲んでく?
熊野古道である県道164号線はきわめて狭く傾斜のきつい軽トラの走る農道です。迷い込まないようにしましょう。全く離合できません。峠の北側はさらにひどく路肩が弱いため通過に困難を極めます。反面傾斜地に整然と植栽されているみかん畑と青い海の風景は目を見張ります。…がゆっくりとは見れませんでした。
蕪坂塔下王子から約5.6分。 刀がたくさんありました。
| 名前 |
太刀之宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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熊野参詣は平安時代中期に起り、その後中世に盛んになりましたが、そのゆきかえりの道が熊野街道です。有田市では下津町より蕪坂を下り、宮原を経て、有田川を渡り、糸我へ着き、糸我峠より湯浅へと通じています。その途中にある蕪坂峠王子社より少し下ったところに「太刀之宮」があり、次のような伝承があります。大阪の陣に敗れた武将宮崎定直は、実家に類が及ぶことを怖れたのか、在田郡宮﨑庄には帰りませんでした。代わりに、定直の姉が嫁いでいた同郡宮原庄の土豪則岡氏を頼り、熊野街道の蕪坂峠を越えて、夜道のなか、ひたすらに駆けてきました。しかし疲れがピークに達した定直は、路傍に建つ猿田彦神を祀る道祖神社の前で一休みすると、そのまま寝入ってしまいました。そのとき盗賊か、徳川方の手下か、はたまた裏切り行為を追ってきた真田幸村の配下の者かはわかりませんが、寝入っている定直に襲いかかりました。そのとき定直の腰の刀がひとりでに抜けて彼らに立ち向かい、大勢の人を切り倒しました。夜が明けて彼が目を覚ましたとき、愛用の刀が真っ二つに折れていました。定直はそれを両手で継ぎ合わせてみると、不思議と太刀がぴったりとくっつきました。定直は自分の命を救ってくれたその刀を「折継丸」と名付け、神前に供え感謝の祈りを捧げました。以来このお宮は人々から「太刀之宮」と呼ばれ、病気やけが等を救ってくれる神様として信仰されています。※参考資料有田市観光協会HP生駒佳三『甦る宮﨑貞直と有縁の人びと』私家版、2000年。