市街地に近い鶴城で歴史旅!
鶴城跡の特徴
室町時代の山名宗全による築城の歴史が息づく場所です。
豊岡市指定文化財としての文化的価値が感じられます。
田結庄是義の居城跡として、歴史探索にぴったりのスポットです。
田結庄氏(たいのしょう)の居城。城跡南側の円山川沿いに愛宕山登り口あり。
これだけ市街地に近いのに、規模は大きく、保存状態も良い。縄張り図(構造の見取り図)を持っていくか、スマホで見ながら散策すると、まさに「鶴」の形のように構築された防御陣地が分かります。
歴史あるところだと思うので、もう少し整備してあればと思いました。ただ、人手や予算もいると思うので難しいことなんでしょうね。
【豊岡市指定文化財・史跡】室町時代に山名宗全が愛宕山に築城したと伝えられ、田結庄是義(たいのしょう これよし)の居城となりました。
| 名前 |
鶴城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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NHK大河ドラマが『豊臣兄弟』をやってるのでそろそろ豊臣秀長の但馬平定戦やなって事やし兵庫県豊岡市にある鶴城にやって来ました。鶴城は但馬守護家の山名祐豊(やまなすけとよ)の本城の此隅山城(このすみやまじょう)より5km程北にあって鶴城の城主は山名四天王の田結庄是義(たいのしょうこれよし)です。他の山名四天王は垣屋光成、八木豊信、大田垣輝延で『信長の野望』をやってたら微妙な能力値やけど名前は知ってるなって感じのマイナー武将ですね。但馬国ってややこしい国で応仁の乱の頃の山名宗全って山陰を中心に結構な勢力を持ってた有力大名やったんやけど播磨、美作、備前は赤松家に切り取られ、伯耆、石見、備後は尼子家、大内家、毛利元就に切り取られ戦国時代中期には但馬、因幡の2カ国しか持って無かったんよな。その因幡も尼子家に侵略されてたのに尼子家が毛利元就に滅ぼされたら山中鹿之介を支援して尼子再興軍を手助けしたりしてるし。但馬国は親織田の時に丹波の赤鬼赤井直正(荻野)に侵略され天空城『竹田城』を占領されたので今度は親毛利派になったら豊臣秀長の攻撃を受けて但馬平定されます。その時に豊臣秀長の家臣やった藤堂高虎が天空城『竹田城』を攻略してますね。大河ドラマ『豊臣兄弟』でどう描かれるのか楽しみですね。こちらの鶴城の田結庄是義はメトロノームみたいにあっちこっち寝返るのは違うやろって親織田派として親毛利派の垣屋光成、山名氏政(山名祐豊の三男で傀儡の守護)と鶴城の下円山川西側で寡兵なのに籠城をせずに戦って切腹します(織田の援軍を待たないで)その直後に播磨方面の姫路城から豊臣秀長の但馬平定軍2万人が但馬に来て山名家は3000人程度で戦い完全に但馬国は豊臣秀長に占領されます。但馬の有子山城(出石)は豊臣秀長が初めて国持ち大名になった地になります。この鶴城は宮部継潤(『豊臣兄弟』でも浅井長政の家臣で出てる)が城主になりその時に宮部継潤が木ノ崎(城崎)って地名を『豊岡』と名付けて鶴城を廃城して新しく円山川西側の神武山に豊岡城を築城して対毛利家に備えました。この後宮部継潤は豊臣秀吉の鳥取城攻めで大活躍して鳥取城をもらい豊岡城は羽柴四天王の尾藤知宣に引き継がれます。宮部継潤は九州征伐でも豊臣秀長と一緒に行動して島津家久、島津義弘相手に籠城戦で大活躍します。大河ドラマの『豊臣兄弟』でどう描かれるのか楽しみやわ。