古の比婆山伝説を体感。
比婆山久米神社下の宮の特徴
比婆山は伊弉冉命が祀られる神社で、神秘的な雰囲気が漂っています。
山頂の奥宮は御陵があり、一見の価値がある観光スポットです。
登山口が近く、奥宮参拝へのアクセスが良好な場所に位置しています。
平日久米神社へお詣りに行きました🥰駐車場は神社の手前に橋がありますがそこにあります👍️川の流れる音を聞きながら歩くと癒されます😆
下の宮に向かう橋の手前に駐車場があります。お参り後、脇の横屋登山口から奥宮を目指します。登山道は良く整備されていますが、トレッキングポールは、持参していて良かったです。
比婆山は伊邪那美命の御陵だと伝えられています。東出雲にある黄泉の比良坂との関係が知りたいところです。標高320mの山頂には、久米神社奥の宮があるそうですが、まだ行ったことがありません。ここ下の宮だそうです。安産の神様として知られていて、鳥居の左側に比婆山横屋登山口から奥の宮に行けるようです。比婆山を背負ったお宮さんで、良い空気と光に包まれ、伊邪那美命に見守られているような、気持ちの良い雰囲気です。ずっーといたくなります。拝殿の御賽銭箱に下の宮と奥の宮の御朱印が置いてあり、ありがたくいただきました。
比婆山はイザナミが葬られた場所と古事記で記されており、参道の入り口にこの下宮があります。駐車場はないのですが、私が訪れたときは誰もいなかったので、鳥居前の空地に置かせてもらいました。社は拝殿と本殿?の2棟。地形を生かした配置です。奥宮まで行きたかったのですが、山の上までの距離もわからず、周りに誰も居ないので、ちょっと怖くなり諦めました。次回は行って見たいです。
比婆山登山u003d奥の宮参拝の登山口があります。■アクセス︰県道側の川沿いに土の駐車場があり、そこからは徒歩2〜3分■神社︰イザナミノミコトの御陵らしい比婆山の麓にある神社で、山頂の「奥の宮」までの登山が厳しいならば…ここでお参りですね!■奥の宮︰完全に登山道です。神社敷地内の川沿いに登山口かあります。
島根県安来市伯太町にある比婆山久米神社には、比婆山山頂に熊野神社・奥ノ宮が祀られている。出雲風土記には、「久米神社、熊野神社」と記され、社殿奥には「国生みの母である伊弉冉尊(イザナミ)」の御神陵がある。三重県熊野市有馬町には伊弉冉尊と軻遇突智尊を共に祀る「花窟神社」がある。尚、出雲では伊弉冉のお墓は、佐太神社に移されたことになっている。この為、全国の八百万の神々は「神無月=出雲では神在月」には先ず六所神社に集まり佐太神社へと向かい「国生みの神・伊弉冉尊」のお墓参りをすることになっている。国生みをしたお方の御陵を祀る神社であるから、日本で一番古い神社であることになる。島根県安来市伯太町にある比婆山久米神社には、比婆山山頂に熊野神社・奥ノ宮が祀られている。出雲風土記には、「久米神社、熊野神社」と記され、社殿奥には「国生みの母である伊弉冉尊(イザナミ)」の御神陵がある。三重県熊野市有馬町には伊弉冉尊と軻遇突智尊を共に祀る「花窟神社」がある。尚、出雲では伊弉冉のお墓は、佐太神社に移されたことになっている。この為、全国の八百万の神々は「神無月=出雲では神在月」には先ず六所神社に集まり佐太神社へと向かい「国生みの神・伊弉冉尊」のお墓参りをすることになっている。下社の「比婆山久米神社」まで車で行き、後は登山です。神紋は「亀甲紋、中に・比・の字」です。
【比定社】🅿あり国道から右折すぐの広場神不在?という雰囲気がある。
比婆山の久米神社の奥宮に通じる登山口の起点です。駐車場も完備されていて便利な場所です。
比婆山の山頂に奥ノ宮と、山の麓に下ノ宮(里ノ宮)があります。山頂には伊邪那美命の埋葬地と言われる古墳がありますが、埋葬地は諸説あって不明な部分が多いものの、ここの場所は有力候補地のひとつに挙げられています。下ノ宮の本殿は、山陰では珍しい神明造りで1944年に再建されたものだそうです(以前の建物は火災で焼失)。奥ノ宮は確か大社造りだったような・・・。御朱印は、下ノ宮拝殿内に奥ノ宮のものもあわせて書き置きがあります。駐車場は案内の看板が掲げられており、未舗装ですが広いので安心して車を停められます。
| 名前 |
比婆山久米神社下の宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
比婆山久米神社(ひばやまくめじんじゃ)里宮。島根県安来市伯太町横屋。式内社(小)久米神社論社、旧社格不明。【祭神】伊邪那美之尊 (配祀)事解男之尊 早玉男之尊(合祀)倉稻魂神 伊邪那岐神資料によると、島根県安来市の比婆山 にある熊野神社の通称で、山頂の上の宮(奥宮)と山麓にある下の宮(里宮)から成る。山頂の上の宮社殿脇には国産み神話、神産み神話のイザナミの御神陵と伝わる古墳があり、古来より子授け・安産の神として信仰されている。上下両宮ともに現在は『熊野神社』の社号で神社庁へ登録されており、出雲國風土記に記載の『久米社』及び延喜式神名帳(出雲國意宇郡)に記載の『久米(クメノ)神社』の比定社とされている。創建は不詳だが、多くの神々を産んだイザナミの神が火の神カグツチを産む際に陰部に大やけどを負ったっことが原因で亡くなり、その亡骸を比婆山に埋葬したという古事記の神産み神話に起因する神奈備の社(ヤシロ)とされている。また、江戸時代の地誌『雲陽誌』には『峯山三所権現』と記載されており、かつては熊野信仰の一大聖地でもあった。和銅5年(712年)完成の古事記上巻に『故(カレ)、其の神避りし所(カムサリシトコロ)の伊邪那美の神は 出雲の国と伯伎(伯耆)の国の堺 比婆の山に葬る也』と記されている。とあります。