旧東海道で富士を見よう!
小夜の中山の特徴
西行法師が越えた感動的な歴史を体感できる場所です。
アスファルト舗装された峠道は筋力トレーニングにも最適です。
夜泣き石のお寺や浮世絵美術館で心温まる休憩が楽しめます。
自分で書くのは変だが、この投稿は「不正確」なので念のため。ここに載せた数枚の写真の場所は、本来の「小夜の中山」から数百メートル離れている。クルマで国道一号線を走っていたら、「小夜の中山」の看板が見えたので立ち寄ったところ、旧跡から移された「夜泣き石」のある場所で、「小夜の中山」は山中にある旧東海道の難所だ。いまでもクルマで行けるが、離合しづらいような部分もある。「小夜の中山」(古くは「さや」、のちに「さよ」)は歌枕で、西行法師も「年たけて又こゆべしと思ひきや命なりけりさ夜の中山」と詠んでいる。歌枕なんて、行ってみると大したことがなかったり、もともと「お題」みたいなもので実際に行くものではなかったりするが、西行は若い頃と、七十近くに奥州へ東大寺再建の勧請のため、二度訪れているようだ。
旧東海道の激坂、二の曲がりを越えて行くと、茶畑が広がっています。道端には、芭蕉の句碑が二つ有りました。朝早かったので、峠の茶屋、扇屋さんはまだ開いていませんでした。小夜の中山公園へ行くと、冬枯れの木々の隙間から富士山が見えました。「年たけて、また越ゆるべしと思ひきや、いのちなりけり、さやの中山」西行法師。
鐘を鳴らす事ができます。
西行法師は1186年69歳で奈良東大寺改修の勧進で奥州・藤原氏の平泉に向かい小夜の中山を越えます東海道の整備もできていない鎌倉初期(日本国内人口760万人)に徒歩で向かう老僧の姿が感動的です🍀
江戸時代からある旧東海道、金谷宿から日坂宿につながる峠道🦀アスファルトで舗装してますが、道はカナリの傾斜で足の筋肉が鍛えられます🤘峠の辺りには夜泣き石のあるお寺、浮世絵のステキな美術館一息休憩出来る場所もあります🍵何年か前によく行きましたが、体力、気力とも回復したので✨また歩いて行きます☘️
西行の「命なりけり…」は有名だが、小夜の中山で富士を見たとき、「風になびく 富士のけぶりの 空に消えて 行方も知らぬ わが思ひかな」も頭に思い浮かんだ。
東海道の難所の一つである峠。急峻な坂道である他、山賊が出没し、往来には危険が伴ったとされる。古来には鎌倉幕府残党軍と建武新政軍との間で合戦が行われた。(中先代の乱)戦国期には会津の上杉氏討伐に向かう徳川家康を掛川城主であった山内一豊が茶屋を建て、もてなしたとされる。
| 名前 |
小夜の中山 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0537-24-8711 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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日本全国旅をしたが、ココが一番好きだ。いつまでも後世に残し続けてほしい風景と最高級のお茶、子育て飴屋、なによりもここに住まう人の人柄。