西ノ谷登山口で白鹿城へ!
白鹿城跡の特徴
標高150mの白鹿山は、気軽に登れるハイキングコースです。
西ノ谷登山口から本丸までの道は整備されて歩きやすいです。
採石場跡地から進むと、滝や巨岩を楽しめる探訪ルートがあります。
尼子十旗、筆頭の城。月山富田城を攻めるも守るも、重要な位置。目指してみた。月山富田城からは、ほぼ真北。松江市内を通り抜け、サイエンス感ある工場のなかクネクネと車走り抜け進み、池越え、西ノ谷登山口駐車場に停車。攻城開始。登山道は、整備され登りやすい。井戸跡までから、本丸目指す。尾根筋に連郭式的に作られた感じ?木々の伐採進めば、もう少し見晴らし良くなる?うまく行けば、松江の町並み見えるのかな?一ノ床、二ノ丸床散策し、一周ぐるりと回れるようですが、来た道戻り乙。
城跡や山頂までの道のりは、それほど体力的な負担はなく、とても緑が豊かで、静けさに包まれていました。登山道は手作り感が溢れる感じで整備が行き届いています。
西ノ谷登山口は、2台ほどの駐車スペースがあり登山口から本丸までは、400メートルぐらいで登山道も整備されていて歩きやすかったです。本丸跡周辺は、あまり広くなく当時は、小さな本丸とだと思いました。
ハイキングコースとなっており、真山城と共に登りました。尼子十旗のひとつです。
白鹿城は尼子氏の重要防衛ラインである尼子十旗の第一であった。城主は松田氏。尼子氏と毛利氏の激戦の舞台でもある(白鹿城の戦い)西の谷登山口からの登城が最も便利だと思う。白鹿城の標高は約150m程度だが、ここからならあまり登らずに城跡まで400m程度で到達することができる。また、西の谷登山口の近くに車を数台とめることのできる駐車スペースもあります。遺構は曲輪、竪堀、土塁などが確認できるが特筆すべきものは特にない印象。本丸もあまり広くない。連郭式に郭が連なるがひとつひとつの郭はあまり大きくない。正直、尼子十旗の第一と激戦の歴史からすれば少し寂しい城跡だと感じた。
標高150mの白鹿山には、戦国時代に尼子晴久の義兄である松田左近誠保を城主とする白鹿城(尼子十旗のひとつ)が所在しました。白鹿城は1562年に毛利軍の出雲侵攻の際包囲され、兵糧水を断たれて籠城一年で落城したといわれています。今も井戸の跡や本丸跡、山頂には白鹿神社が祀られているなどの痕跡が残っています。山頂へは西ノ谷登山口から登りましたが、道程は324mほどなのでゆっくり歩いても時間は掛かりませんでした。枯れ葉が積もった登山道は傾斜も緩く、分岐点が多いものの案内板があるので歩きやすいですね。
城域の西側に駐車スペース、登城口が有ります。西側の曲輪の裾に登城路が作られ、西側の曲輪は通らず主郭に至ります。本丸と一の床との分岐あり、頂上は本丸ではなく一の床のほうです。一の床は東西に細長く、特に北側が急斜面です。南東のほうから二の床に下れます。雷とゲリラ豪雨の合間に訪れたので、三の床など南側の曲輪は未踏です。全体的に草木に覆われており尼子十旗の一として整備が待たれます。
山頂訪問者用に城跡の歴史、城の概要、遊歩道等の説明があれば良いのに…看板は登山口にはありますので事前確認を!■アクセス︰西ノ谷登山口から徒歩15分程度、歩道は整備されています。登山口に駐車場スペースは若干あり。■城跡︰石垣なく…城跡の痕跡は素人の私にはわかりにくい。■その他︰山頂に広場やベンチ、眺望もなく…単に林の中。お弁当持ってピクニックの雰囲気は薄い。
もう少し整備してあればいいですが。登ると鬱蒼として何も見えませんので、もしかしたら迷うかも。戦国時代の山城です。結構険しいんで覚悟して登ったがいいです。
| 名前 |
白鹿城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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南の登山口から行きましたが、西側のほうが良かったんでしょうね…。でも駐車場はありました。ここは「床」という表現をするんですね…「四の床」がつまり主郭でした。