三条通で出会う、歴史の息吹。
三条南殿遺址の特徴
三条南殿遺址は、昔の京都のメイン通り沿いに位置しています。
東海道の市街延長として、西は嵐山までつながる貴重な史跡です。
烏丸三条の南西にある、みずほ銀行の壁に銘板があります。
三条通は昔の京都のメイン通りで、東海道の市街延長として西は嵐山まで古道としては唯一、一筋で通じている。歴史的にも重要な史跡が多数現存している。私は、深夜ラジオに耳を傾けた世代で、レンガ建築のモダンなこの銀行は「小椋佳さんの銀行」のイメージが強い。現在はみづほ銀行京都中央支店だが、第一勧銀の時代が長かった様に思う。室町通や東洞院などには呉服の大手問屋が多かったが、三条には白生地問屋、附帯する小物の卸店や、地方から来られた呉服商の旦那方をもてなす料亭、仕出し屋が多かったように記憶しています。近代に建て替えされたが、往時の面影をよく残した仕様になっていて、街の品格に貢献しているのではないかと思います。三条通にはこの他にもレトロな建築物が多く、圧迫感を感じることなく楽しめる道です。
烏丸三条の南西のみずほ銀行の壁に三条南殿遺址の銘板があります。現在は、銘板のみですが至近距離で三条西殿・三条大路跡や三条烏丸遺跡跡があります。また、向かい側の京都銀行には、亰都市道路元標の石柱があります。
| 名前 |
三条南殿遺址 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
〒604-8161 京都府京都市中京区饅頭屋町591 みずほ銀行京都中央支店 |
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