媞子内親王の火葬塚、歴史の静寂。
媞子内親王火葬塚の特徴
船岡山の南側にひっそりと佇む史跡です。
白河天皇の娘、媞子内親王の火葬塚があります。
住宅街の合間で静かな雰囲気を楽しめます。
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船岡山の麓の南側に住宅のすき間にひっそりとあります。
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白河天皇の娘さんです。
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| 名前 |
媞子内親王火葬塚 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
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白河天皇の第一皇女である媞子内親王の火葬塚。媞子内親王は、永長元年(1096年)8月7日、六条殿(跡地下京区)で21歳で病死し、その遺骸は、8月16日の夕方、船岡の北で火葬された後、上醍醐(現伏見区)の円光院に埋葬されたとのことです。白河天皇とラブラブだった中宮藤原賢子の娘さん。妻の藤原賢子が亡くなった後、伊勢にお勤めしていた娘の媞子内親王を呼び戻した白河天皇。めっちゃラブリーだった媞子内親王を溺愛していた白河天皇ですが、その媞子内親王も21歳の若さで亡くなります。可哀想ですね。その媞子内親王を火葬したのがこの近くだそうです。この後、白河天皇は「院政」というシステムを確立して、政治的実権を持ちつつ、自分は女性(男性も)関係を持ちまくったそう。溺愛していた媞子内親王をわかくし亡くしたショックから人生観が変わったのでしょうか。そんなことを考えながら、ちょっと感慨深く歴史を感じておりました。