九鬼嘉隆ゆかりの眺望スポット。
九鬼嘉隆墓(首塚)の特徴
九鬼嘉隆ゆかりのスポットで、歴史を感じながら訪れることができる場所です。
景観が素晴らしく、和具の港を眺めながらのハイキングが楽しめます。
筑上山を登って行くと、神島を望む見晴らし台がある散策コースです。
関ヶ原の戦いで父九鬼嘉隆は西軍につき、息子守隆は東軍について結果東軍が勝ち、守隆は福島正則の協力もあり、徳川家康に父親の助命嘆願をして叶ったが、家臣豊田五郎右衛門に切腹を急かされた嘉隆は麓の洞仙庵で腹を切ってしまい間に合わなかった。胴塚は洞仙庵近く、首塚は鳥羽城方面が綺麗に見える築上山山頂に建てられた。鳥羽方面だけじゃなくて向かいの菅島、安手島、答志島西側も見渡せる。『風雨来記5』
築上山全体が九鬼嘉隆の首塚を含めた九鬼嘉隆ゆかりのスポットになっています胴塚あたりから登り始め見晴らし台で神島を拝み尾根を歩いて首塚まで登り 和具の港を眺める軽いハイキングにもなる周遊コースが楽しめます九鬼嘉隆もこの鳥羽の 島々が並ぶ海を最後の地に選び眺めたのかもしれないそう思いを馳せながら答志島散歩の一環として歩くのも一興だと思いますそれにしても 木津川口で戦った九鬼水軍も村上水軍も関ヶ原に翻弄され それぞれ主要人物が亡くなるのですからそれだけ当時の地方豪族の生き残りが大変だったことを感じます。
眺めが良い場所でした。
村上水軍もいいが、九鬼水軍も素晴らしい活躍をした。随分前のこと、鳥羽城を攻めた際に「いつか九鬼嘉隆公を参りたい」と思った僕だった。それがやっと叶った。草が生えているので地元の方には是非とも刈っていただきたい。首塚の後は案内板に沿って胴塚まで行った。(2023_03_03)
2023.06.25和具港から看板に従って行った。途中からは階段と山道に入るが、少し歩けばいける。関ヶ原の戦いでは九鬼水軍を率い西軍についたが、西軍の敗戦後は東軍についた息子の助命嘆願も間に合わず、この島で自刀した。
| 名前 |
九鬼嘉隆墓(首塚) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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首塚の案内標識に沿って和具の街から登りました 細い路地を通り民家と民家の間を抜けて山道へ 急勾配の細い山道を登って15分くらい首塚へ到着 和具の港 海が見えて気持ちのよい場所。