三浦義村公の供養墓へ。
三浦義村公顕彰供養塔の特徴
三浦義村公供養塔は地元の人々の手によって建てられた特別な場所です。
関東大震災後の歴史的背景が詰まった供養塔として興味深いです。
復元された元の墓石があることで、歴史を感じられるスポットです。
関東大震災で海に没してしまった三浦義村公のお墓の代わりに、地元の方々が建てられた供養塔?代わりの墓石?です。なお、海に没した元々の墓石は引き上げられて、傍に建立されています。こちらは新しい墓石は、地元の方の篤い思いが形になったようで相当に立派なお墓です。そのせいで、元の?本当の墓石?は、うっかりすると見過ごしそうになってます。
三浦義村公の元々の墓石が関東大震災で海に落ちてしまったため(後に引上げられ最配置された物が手前の墓石)地元の方々が新たな墓石を建てて三浦義村公墓碑改修協賛会の名簿を見るとそれなりの意義があったのでは?また三浦海岸駅を上の方へ行くと朝盛塚が有り子爵三浦基次氏(譜代大名美作勝山藩主子孫)が当時の知識や皇国史観で他にも色々な碑を建てられましたが現在の学識では微妙な部分も。
ここは三浦義村公の墓所ではありません。参道の階段を上がって直ぐ右手の摩耗した宝輪塔の巨石が本物の墓所です。この場所は現代人が顕彰碑を兼ねて建てた供養碑で、墓の形で作ってしまった為に紛らわしい事に成っています。それを調べもしない鎌倉殿の13人でミーハーに見に来た人間が勝手に名前を❝三浦義村公の廟所❞等と変えてデマを産み混乱させてしまいます。また、文化庁が看板を設置している本来の❝三浦義村の墓所❞のマーカーの位置を勝手に変える人間もいますので、皆さん、参拝の際は混乱しないよう気を付けて下さい。本来の御墓を拝んで、こちらの供養碑も拝むと良いかと思います。
| 名前 |
三浦義村公顕彰供養塔 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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◆『三浦義村の供養墓』は、県道215号線〈岩浦(いわぶ)バス停〉と「金田漁港入口」がある交差点近くの高台にあります。◆信号機のある交差点の内陸側に、進入口となる急傾斜の階段があります。2つの階段を上り終えると高台の頂上に到着します。◆右に解説板、右奥に義村の墓、左に供養墓、左奥に八坂神社があります。※この供養墓は、いつ建てられたのかは不明です。義村の墓は、関東大震災による崖崩れで海に沈んだものを回収し積み直したものだそうです。義村公旧墓所と刻まれています。※供養墓の隣に、墓碑改修協賛会の立派な石板が設置されています。♣金田漁港の駐車場利用の際に、参拝することができます。