優雅な三社殿と白鷺伝説。
倭白山比咩神社の特徴
春日造りの三社殿が優雅で心惹かれる佇まいです✌️。
165号線の倭信号を曲がると、静かな神社の魅力に出会えます。
あまり知られていないが、立派な神社で神々しい雰囲気が漂っています。
氏子の方だと思うのですが親切にしてくださり少しですが お話も聞くことが出来 楽しかったですありがとうございました。
倭白山比咩神社(やまとしらやまひめじんじゃ)は天文22年(1553)に加賀の白山本宮から御分霊を勧請し、その帰途で白鳥7羽の瑞兆を目撃しました。その白鳥が降り立った7か所に神社を建立し、この地にも奉祀されたのが始まりとされています。 天正年間(1573~1592)の火災で社殿が焼失しましたが、元和8年(1622)に再建され、これ以降、白山信仰がさらに広がりました。 3棟並ぶ社殿は左から本殿、八幡社・須賀社、祖霊社となっていて、中央の八幡社・須賀社と右側の祖霊社は400年以上の歴史を持つ建物です。 白山信仰は日本三大霊山の一つ、白山(はくさん)を信仰の対象とする山岳信仰で、加賀・越前・美濃を中心に栄えました。霊峰・白山には古代から神が宿るとされ、特に「水の源」として尊ばれ、水の神として全国に広まりました。また、水は稲作や生活に直結するので、農業の神ともみなされ、白山の自然はすべてが信仰の対象となったといいます。全国に約2,000社ある白山神社の総本社は石川県の白山比咩神社です。「紫陽花(あじさい)の名所」として有名な東京都文京区の白山神社は加賀藩邸内に元々鎮座し、加賀前田家が信仰していました。白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)は菊理媛神(くくりひめのかみ)と同一視されています。菊理媛神は『日本書紀』には登場します。イザナギとイザナミが黄泉の国でケンカした際に両神の仲をとりなす役目を果たしました。そのため、縁結び和合の神様としてみなされています。江戸時代には「白山講」という白山を登拝する信者団体が全国におり、白山信仰を広げました。講元と呼ばれた代表が団体をまとめ、白山への集団登拝を企画しました。これはお伊勢参りと並ぶ『人生一度の登山詣り』でした。旅の途中で各地に白山の分霊を勧請し、全国に白山神社が誕生したといいます。
白山比咩神社(倭)御祭神は菊理姫命、外九座摂社: 八幡須賀社、祖霊社、十二社末社: 風宮社、気多社白鷺伝説七白山めぐりの1つです。しかも素晴らしい建築物群です。三重県指定有形文化財(建造物)古文書によりますと、天文22年(1553)に八幡宮の社僧鎮徳上人が加賀の白山神社のご分霊を勧請され、その帰途に白鳥七羽の奇瑞があり、降りたった所に七つの神社を建立され、この地にも奉祀されたのが始まりとされています。天正年間(1573〜1592年頃)の災火によって全焼し、30余年も仮殿のままでしたが、元和八年(1622)成願寺上人達の努力により再建復興されましたことが棟木の銘文から分かりました。この頃より白山信仰の深さと広がりを見られるようになりました。八幡社・須賀社、祖霊社も17世紀後半に遡るものと考えられており、江戸時代前期の本殿建築が3棟並んでいる点も貴重な景観として評価されています。構造はいずれも一間社、隅木入春日造と呼ばれるもので、当地方を代表する春日造本殿のひとつです。
田舎にしては春日造りの三社殿は大層優雅で赴きが有り、閑静で神々しい所でした✌️
165号線から倭という信号🚥を左折した時に目に入った案内に導かれて行ってきました。神社は急な坂の上にあります。駐車場に停めて歩きました。(幟は坂の下に立っています)ゆっくり歩いても5分かからず到着…2024年のお正月🎍初詣をしてきました。今年もいろいろあると思うけれど、良い方向に導かれますように…🙏
しらやまひめじんじゃ。祭神は菊理比咩命、大日霎貴命、須佐之男命。入口に広い駐車場があるので停めて参拝。一の鳥居から二百メートル程傾斜のある参道を進むと社殿が現れます。天文22年(1553年)に加賀白山社本宮より御分霊を勧請され創建したとされています。拝殿奥にとても見事な春日造本殿が三棟並んでいます(左から本殿、八幡須賀社、祖霊社)隣には各地の様々な神が祀られている十二社が一棟建っています。境内には他に祠や社が点在していて興味深い神社でした。
あまり知られてませんが、かなり立派な神社でした。
| 名前 |
倭白山比咩神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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お墓参りの道中に参拝して来ました凄い本殿が3つ!しかも近年中々見られない作りの神社さん少し駐車場から歩いて登るけど参拝出来て良かった。