日本海側最大級の古墳、神明山古墳!
神明山古墳の特徴
神明山古墳は墳丘長190mの前方後円墳です。
竹野神社参道から近く、アクセスが便利です。
4世紀後半の古代王権の象徴で、歴史的価値が高いです。
大きさに圧倒されます。良いお散歩コースですね。古代の人びとがこの古墳を作られたと思うと尊敬します。
古墳時代前期後半(4世紀後半)の前方後円墳で墳丘長190m、後円部129m、網野銚子山古墳に次ぐ日本海側最大級の前方後円墳です。国指定史跡。葺き石と丹後型円筒埴輪列をもつ三段築成で、墳頂部には石材が散らばっており、竪穴式石室が築かれている可能性があります。丹後一帯を支配した豪族の墓と推測され、出土品は近隣にある「古代の里資料館」に展示されています。
4世紀前葉〜中葉には、200m級の巨大古墳はヤマト以外では、ほとんど築かれなかった。例外は大阪府摩湯山古墳、兵庫県五色塚古墳と、タニハの網野銚子山古墳・神明山古墳だけである。しかも墳丘の形をみると、ヤマトの佐紀稜山古墳と・・・網野銚子山古墳はそっくり・・・神明山古墳は佐紀の五社神古墳に近いという。つまり三大古墳は、ヤマトの佐紀古墳群と深い関係を持ち、倭王一族に次ぐ地位にあった人物の墓と考えるのが自然である(京都府の歴史35頁)。とのようにヤマト政権と外戚関係にあったというタニハですが、墳丘からの景色も抜群で、もっと観光地化してもいいと思うぐらい環境のいい場所ですが、いかんせん首都圏からは遠いのでなかなか行くのは難しい場所です。天の橋立に来たらぜひ立ち寄って欲しい場所です。
日本海側最大級古墳のひとつ。少し形が分かりにくくなっていますがそのスケール感には圧倒されます。とても見晴らしがよく立岩がよく見えます。
古代では入り江になり沢山の人々が住んでいたのでしょうか?
日本海側で最大級の前方後円墳です。竹野神社側に登り口があり、前方部を上り後円部の頂上に立つことができます。そこからは、日本海を望むことができます。葺石に覆われていたとのことなので、かつては潟湖であり港湾として機能したであろう竹野川河口部からは、壮大な古墳の姿が見られたのではないでしょうか。
竹野神社参道を歩いていると右側に表示と手摺があり直ぐに分かりますし距離も250mと右側全体が「古墳」と思われる近さでした。前方後円墳の丸い場所に石碑と綺麗に雑草が刈り取られていて迷うこともなくきれいに整備されていて、地元の方々が大切に保存管理背れていることが伝わります。曇っていたので「青い海」は観れませんでしたが大成古墳群も車で5分もかからない場所にあることを思えば・・・・「丹後大国」がまさに「大国」であったことを物語り朝鮮半島との往来も「命懸け」で渡ってくるだけの価値があったのでしょう。土器や形あるものが出土するが言葉(書物)が残ってないのが残念でなりません。ただ、1500年以上前から人が住んでいたことが大切なんですね。
竹野神社、資料館まで来てたのに気付かず通過してしまった。アカン!このままではいけない。また来るぞ! 反省。
竹野神社の横から登っていけます。どこからどこまでが古墳なのかわかりにくいところもありますが、時代的にも役割的にも、能登の雨の宮古墳群を彷彿とさせます。古代の丹後王国の時代、竹野川流域の各所が阿蘇海へと抜ける重要な物流戦略拠点だったことを伺うことができます。
| 名前 |
神明山古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.kyotango.lg.jp/top/soshiki/kyoikuiinkai/bunkazaihogo/3/1/2/3302.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ふもととの比高がかなりあるため登っても見上げても大きさを実感できます。真下に広がる水田地帯が当時は丸々入江だったそうで、往時を想像すると、かなり壮麗な景観だったんだと思います。後円部墳頂までは10分から15分ですが、夏だったこともあり蜂の羽音がずっと聞こえていたので気をつけてください。