大海人皇子の桃と歴史。
徳川家康 最初陣跡 (桃配山)の特徴
駐車場は道路を渡った反対側にあり、アクセスしやすいです。
壬申の乱の伝説に因んだ大海人皇子の桃配りが有名な史跡です。
今年の大河ドラマに合わせた本陣跡の設置が進行中です。
最終合戦から遠いが当時ここから石田三成陣営に攻め込んでいったんだろうなと思いながら見た。
昔から何度も通ってる国道だが初めて見に行く石田三成の陣地跡と一緒にみたからほんの少し楽しいかも無料駐車場あり。
東山道(中山道)沿いにある徳川家康最初の陣跡ということで、何てことはないように思えるけど、内通していたといえ背後に毛利の大軍が控え、まずここを抑ええるのは、徳川家康やるなと。壬申の乱の大海人皇子の伝承を知っていたとなると、事前に相当この辺りを調べていたんだなぁ。やはり徳川家康やるなと。
国指定・史跡名勝天然記念物2024年5月、レンタサイクルによる関ヶ原探訪の際に寄りました。徳川家康は、1600年9月15日の午前にこちらに布陣しました。桃配山は、関ケ原合戦以前の壬申の乱にて、勝者である大海人皇子が野上行宮より出陣し陣を敷いたという言い伝えがあり、縁起を担ぎこの場所に陣を置いたといわれています。こちらからは戦場から離れてはおりますが見渡すことができます。当時、どんな思いで家康はこちらで戦況を見守っていたのかなといろいろ想像してしまいました。
この場所はガソリンスタンドの隣にあります。入口には解説看板があります。入口から階段を上がって行くと広場のようになっていて、幟旗、石碑、ここから関ヶ原古戦場を見渡すための解説看板等が配置されています。お手洗いなどの設備はありません。
無料駐車場あり駐車場から道路渡り反対側に。駐車場はガソリンスタンドの道挟んで向かいの空き地トラックなど交通費多いので、横断注意。
流石総大将の陣跡は扱いが良いです。なんか、大海人皇子がヤマモモを配ったから桃配山とのこと。ほえ〜そうなんだ〜と思っていたら。本多忠勝陣跡に向けて歩いていたバイパスの街路樹が、ヤマモモ。最初「ヤマモモの街路樹、ウチの県以外で初めて見るかも〜」などとピンと来てなかったが、桃配山からのバイパスだからか!となり、関ヶ原町やるじゃん!と思いました。だいぶ盛りは過ぎてましたが、まだ実をつけている木もありました〜地元の人は食べてないみたいで、歩道が…モッタイナイ…
駐車場が用意されています。車の通りが多く道を渡るのに時間が掛かります。国道横断禁止で、信号までが遠いです。
合戦の主なメモリアル地点では、もちろん一番東です。合戦の時間的短さと距離感、戦の面積を知るために訪ねてください。
| 名前 |
徳川家康 最初陣跡 (桃配山) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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(ももくばりやま)1600年9月15日 未明徳川家康が率いる東軍の主要勢力3万人桃配山周辺に本陣を置きました辺り一帯が兵で埋め尽くされていた事でしょう今は小高い丘になっていて真裏は木が生い茂っていました開戦地までは少し距離を感じましたが、遠くを見渡しつつ出陣のタイミングを計るにはここがベストだったのでしょう自分の想像力が試される場所でもありますねこの後は開戦地へ訪問しました。