戦国の息吹感じる蔵波城跡!
蔵波城跡の特徴
蔵波城跡は戦国時代に築城された歴史的なお城です。
整備が行き届いており、登りやすさが魅力です。
長浦駅前からの存在感が際立つスポットです。
長浦駅前にある城跡登ることは叶いませんでしたが、存在感がありました。
蔵波城跡。臨海埋め立て地~長浦イオン~工業地帯が一望できる。夜景も見てみたいが夜は暗く危険だろう。空気が澄んでいる。
長浦駅を降りるとすぐ目の前に丘が見えます。この丘の上が蔵波城のようです。このJR長浦駅ですが、結構しっかりとした駅になっています。あまり乗降客は多そうではないのですが、どうしたのでしょうか。駅を降りて登る場所を探しましたが、駅近くからお城に行ける場所はありませんでした。ここかなという階段があって登ってみたのですが、お墓でした。少し回ってみると蔵波八幡神社があり、こちらから登るようです。神社は境内もしっかり整備されており立派です。神社の右手に整備された道があり、そこを上っていきます。しっかりと砂利がひかれ、階段が整備されているので上りやすいですね。すぐに上まで行くことが出来ました。上の郭には蔵波城址の看板がしっかりと立ててありました。築城者は不明ながら、椎津城の支城であり、里見家と北条家が争った海城だったようです。重要なお城だったんですね。こちらから港を見渡すことが出来ます。丘の上には小さな社もありいい雰囲気でした。良い城跡ですので、今後も残していってもらいたいです。
戦国時代に築城されたお城🏯です。現在の市原市 椎津にあった椎津城の背後固めのために造られました😺西に海、東が山陵、南には川が流れている自然の要塞。かなり攻め難いお城だったらしい。房総を拠点とする武将 武田信政(真里谷信政)よって天文年間(1532年〜1555年)頃に築城された説や里見義堯(さとみ よしあき)が築城し近藤大膳綱利に守らせていた説もあって詳細は定かではありません😺蔵波城🏯は交通の要所に築かれたお城のためか里見氏や北条氏、千葉氏との抗争の舞台となっていました。1552年11月4日の椎津合戦により武田信政が里見義堯と里見義弘に敗れた際に椎津城で自刃。蔵波城も里見側に落ちたと考えられています😺Wikipediaより抜粋====================🟧 武田信政(真里谷信政) 真里谷家6代の当主です。父・真里谷信隆の死後に家督を継いだが里見家の家臣である正木時茂に攻撃をされ椎津城にて自刃。🟧 里見義堯 安房の戦国武将。安房里見氏第5代当主。房総半島に勢力を、拡大し里見氏の全盛期を築き上げました。
整備されて登りやすかった。階段も登ってみたかったかな。
| 名前 |
蔵波城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
2.9 |
| 住所 |
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駅前のバスロータリーの横にそびえる崖の上。立地的に駐車場もなく、反対側の神社から登る構図になっている。