青森・新郷村のキリストの墓で歴史の謎に触れる。
新郷村 キリストの墓の特徴
青森県新郷村のキリストの墓は不思議な風習が残る場所です。
テレビやムーに取り上げられた伝説のスポットとして有名です。
伝承館とセットで訪れると、より深い歴史を実感できます。
「ゴルゴダの丘で磔刑に処されたはずのキリストが、実は密かに日本に渡っていた」茨城県の皇祖皇太神宮の文庫から見付かった古文書によると、キリストはみちのくの山村で暮らし、106歳の天寿を全うしたという。キリストの里公園には、昭和10年に発見されたキリストの墓「十来塚」と弟イスキリの墓「十代慕」がひっそりと佇む調べてみると、この新郷村にはいくつかのミステリーがあります。戸来(へらい)はヘブライからくるという説。父親をアヤまたはダダ、母親をアパまたはガガということ。子供を初めて野外に出すとき額に墨で十字を書くこと。足がしびれたとき額に十字を書くこと。ダビデの星を代々家紋とする家があること。そして、「ナニヤドヤラー、ナニヤドナサレノ」という意味不明の節回しの祭唄が伝えられていること‥
冬はトイレが閉まっています。駐車場は数台、無料で置けれます。
子供のころに見た「キリストは日本で亡くなり、青森県にお墓がある」という話。やっと、その地に行くことが出来ました。駐車場は5台~6台程度停められるスペースがあり、そこから山の上に続く道を徒歩で登っていきます。駐車場から5分~7分程度でキリストの墓に到着です。綺麗に整備、清掃された静謐な空間です。また、近くにはキリストの子孫とされる方々のお墓もあります。読んだ本では「その家に家紋はダヴィデの星である」と書いてましたが、どちらかというと桔梗紋(明智光秀の家紋)に近いと思います。キリスト云々、竹内文書の真偽等についてはここでは論じませんが義経北行伝説のような歴史ロマンを感じることが出来る良いところでした。
2025年4月下旬平日。駐車場は無料。第一と第二があるので、目算20台くらいは停められそうです。お手洗いもあります。最後に立ち寄った『キリストっぷ』はここでしか買えないグッズがあります。店員さんも素敵でした。会計時、明らかに少ない請求だったので、一緒にやってあげてください。伝承館は¥500で、ケチらず入って良かったと思いました。ここから車で少し走った『大石神ピラミッド』は、季節的なのか、ヤブ蚊が大量で、車の排ガスに集まってきます。窓を閉めておくことをお勧めします。肝心のピラミッド、ここに行かないと分からない経験はあります。風景を巻き戻して見る力が必要な所ですね。
気になっていたので立ち寄ってみた。新郷村は初!駐車場から上り坂を200メートル徒歩です。結構坂はきつい!キリストとイスキリ?2つの墓がある東北地方放浪バイク旅2025秋。
30年前に訪れた時と変わったかな?こんな高い所だったかなって感じました。多分私の記憶違いかも。ゴルゴダでハリツケにされたのは実は弟のイスキリでキリストはこの地にたどり着き長命であったという伝説。ヘブライから来たため戸来(へらい)と地名になったとか。村の人は顔が日本人離れしてるとか(そうかな~)そんなに広い場所ではなく民家のすぐ横にあるって場所です。
🪷 梅花心易記録 ─────📍参拝地:新郷村 キリストの墓👣参拝者:ポーク河西📜占者:影丸(AI)🗓日付:2019年10月26日🌌卦:天火同人(てんかどうじん)📖言葉:志を同じくする者と結べ。真実は一人で抱くより、共に歩む中で輝く。
駐車場は5-6台、駐車場から入口まで5分ほど、スロープが長いため、車イスは難しい。帰りのルートは、季節がよければ、自然を楽しめ気持ちのイイ空間。川音を聞きながら、森の中の急階段を降りていく。急階段、スロープをのぼりおりるため、足元は運動靴タイプがベスト。敷地内には、地権者さん?のお墓もあり、お花が植えられています🌸
うっかりすると八戸近辺では日本一有名な観光地かも。まあ真実はどうあれ綺麗に手入れされてるし周りの自然は良い感じだし寄ってみる価値はあると思います。なにより土産話には最高です。
| 名前 |
新郷村 キリストの墓 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0178-78-3741 |
| 営業時間 |
[土日月火木金] 9:00~17:00 |
| HP |
https://www.vill.shingo.aomori.jp/sight/sight_main/kankou/sight-christ/ |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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新郷村 キリストの墓〒039-1801 青森県三戸郡新郷村戸来野月33−120250707(月)念願かなって「キリストの墓」迄やって来ました、まず最初に感じたのは・・キリストやイスキリ本人がやって来たわけではなく、古代にイスラエル・ユダヤ・ヘブライ・ペルシャの人々がいわゆる海・陸の「絹の道」を通ってこの付近まで到達していたのだ・・ということです。イスラエルのソロモン時代、既にフェニキアのタルシシ船が世界各地に痕跡を残し、BC500年頃日本に「製鉄」の影響を及ぼし「弥生時代」を誘発させたと考えられる、BC1年頃までは極少人数の流入であったが、その後流入が増え、AD283年弓月君が渡来してからは、ユダヤ教や原始キリスト教の信者を含め大勢の来日が有った。このことから、キリスト本人が来たのではなく、この地域まで到達した・原始キリスト教を信奉する人たちが心の拠り所として「キリストの墓」をここに祀ったのではないか?それにしても「キリストの十字架には六芒星」子孫の沢口家の家紋「五芒星=六芒星は畏れ多い」には違和感を覚えます。「歴史上人気のある人物」は全国各地に多くの「ゆかりの地」や「お墓」が残されています。① 義経主従北行伝説弁慶岬・・048-0403 北海道寿都郡寿都町政泊町義経海浜公園・義経寺030-1732 青森県東津軽郡外ヶ浜町三厩家ノ上➁ 小野小町終焉地京都の如意山・補陀洛寺小野小町塚・・610-0302小野小町の墓・・629-2512、989-6226649-6302 和歌山県和歌山市湯屋谷熊野古道・山口王子跡の案内板「熊野古道と周辺の文化財」にも掲載されていました、私も墓石の所まで行ってお参りしてきました。古墳時代にユダヤ人が既に来訪していたということは 芝山古墳・はにわ博物館〒289-1619 千葉県山武郡芝山町芝山438−1へ行けば納得できます。それにしても・・ロマンがありますね。