四街道駅前の句碑、歴史の息吹!
正岡子規 句碑の特徴
総武鉄道開通を記念した歴史ある句碑です。
昭和61年に設置された石像が目を引きます。
四街道駅前広場に位置し、アクセスも良好です。
昭和61年の駅前広場完成の際に建てられた句碑です。正岡子規は、かつて佐倉まで「総武鉄道」という紀行文を書きました。その時に詠んだものです。当時、四街道駅は出来たばかりで、駅前も何もなく雑木林が多かったとのこと。(四街道に陸軍野戦砲兵射撃学校が移転して首都圏の部隊から多くの兵士が訪れる軍都として栄えていくのは、この3年後のことです。)以下、紀行文より船橋を後にして千葉に着けば、ここにて車を下る者多し。次の停車場を四つ街道となん呼べる。棒杭や四つ街道の冬木立以下、句碑より正岡子規の句碑を建てる辞総武本線の前身株式会社総武鉄道は、明治二十七年七月二十日、市川と佐倉の間に、次いで同年十二月九日に本所より佐倉までが開通した。四街道駅の開設はこの日である。開通後間もない某日、当時少壮の新聞記者であった俳人で歌人の正岡子規は、本所より佐倉までの発句枕の旅を試み、同月三十日付の日本新聞に、その紀行文「総武鉄道」を発表した。棒杭や四ッ街道の冬木立の句は、その文中にある。往時の駅周辺のたたずまいを余すところなく語っている。今、近代的駅前広場の完成に当り、四街道の歴史を語る老銀杏樹と共に、市の黎明期を後世に永く伝えるよすがとすべく、そこで有志六百五十九名、二十二団体が相寄り相語り、浄財を持ち寄り、右の句を碑に刻みこの地に建てる。
総武鉄道(現総武本線)市川~佐倉間が1894年7月20日に開通し、12月9日に四街道駅が開業。同月下旬に正岡子規が佐倉を訪れ、道中に当時の四街道で詠んだ作品。[棒杭や 四ッ街道の 冬木立]が四街道駅北口広場に、句碑が建立されている。
| 名前 |
正岡子規 句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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