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幸國寺本堂左にあります。永阪石埭(せきたい、1845~1924)、名古屋の人。明治・大正の医師、書家、漢詩人。儒を鷲津毅堂、詩を森春濤に学び、森門四天王に挙げられる。東大医科大で学び教鞭も取った。書は石埭流ともてはやされた。晩年は名古屋に戻りそこでなくなった。名古屋の平和公園にも碑がある。・石埭先生之墳 銘なし(自筆題字) 大正13歿 男源一建[臥13120]。・貞輝院妙壽日暹大姉(永坂家先妣墓) 明治29歿 石埭書丹 男永阪周二・柴田承桂建[臥13120]※手前の寺族墓地の中に一基石埭の書丹碑がある・身延七十八世・小湊六十一世大僧正日良上人 日良上人碑 明治43 堯惇日毅撰 永坂周書[臥13122]・日定聖人 文久2 弟子中[臥13123]※石埭の兄弟で薬学者柴田承桂とその子で植物生理学者柴田桂太の墓も当寺にあります。・日幹上人 昭和11 日英書[臥13124]