中島飛行機の歴史を感じる。
旧中島飛行機発動機発祥之地の特徴
中島飛行機が開発したゼロ戦の跡地に位置します。
荻窪駅北口から徒歩10分でアクセス可能です。
日産自動車店舗の角にある石碑が目印です。
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嘗てゼロ戦で有名な飛行機発動機やロケットエンジンを開発していた中島飛行機工場の跡地、前は日産自動車だったとか。
原っぱ公園の入り口に場所が移動しました。
荻窪駅北口から青梅街道沿いに徒歩10分くらいで到着する日産のディーラーさんの一角にある石碑です。中島飛行機は戦前は日本陸軍向けの飛行機の設計や製造を行い、戦後は富士重工を経てSUBARUになった事が広く知られています。ただ、GHQによる財閥解体で中島飛行機から分けられた富士精密工業は旧立川飛行機出身者によるプリンス自動車工業と合併し、さらに日産自動車に合併された、という経緯があります。そんな企業の吸収合併の歴史を感じさせられるとともに、杉並区のすぐ隣の武蔵野市には中島飛行機工場があり、三鷹にはSUBARUの一大事業所があって、戦時中は調布飛行場が陸軍の飛行基地だった…とおぼろげに西東京地区が中島飛行機や日本陸軍の航空関連の主要地区だった事を感じさせられました。
中島飛行機の記念碑。以前は青梅街道桃井三丁目交差点付近、日産自動車販売店の敷地の角にひっそりとありました。2022年になってから移築したようです。昔の中島飛行機工場跡地が、現在のプロムナードや桃井原っぱ公園になっているということです。歴史の一端が垣間見える碑だと思います。
日産の店舗の角地に石碑があります。しれっとおいてあるので見落としそうになりました😀
記念碑があります。
| 名前 |
旧中島飛行機発動機発祥之地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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令和7年6月某日、朝の散策で訪問しました。本日の散策の目的地がこちらの旧中島飛行機発動機発祥之地記念碑です。うん、頑張って歩いた甲斐がありました。なんでもない記念碑ですが、わたしにとっては、少年時代を思い出させるものです。子供の頃、プラモデルで一式戦闘機「隼」、みんな大好き「零戦」を知り、そのエンジンが中島飛行機製「栄」であること、大日本帝国陸軍が誇る戦闘機、大東亜決戦機ことキ84通称「疾風」に同社製「誉」が搭載されていたことを大人になってから知りました。中島飛行機の技術は、紆余曲折を経て今のSUBARUや日産自動車に受け継がれています。もちろんロケット技術にも。訪問してよかった、ありがとうございました。