明治の文学と演劇が息づく場所。
小説家・劇評家 餐庭篁村(あえばこうそん)の墓の特徴
明治時代の小説家饗庭篁村の墓がある場所です。
墓石には山岸荷葉による美しい書丹が施されています。
静寂の中で歴史を感じることができるスポットです。
明治時代の小説家,劇作家。チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」を翻案し,日本に紹介したらしい。
饗庭 篁村(あえば こうそん)安政2年8月15日(1855年9月25日)- 1922年6月20日明治時代の小説家、演劇評論家。根岸派の重鎮。本名は饗庭與三郎。別号「竹の屋(舎)(たけのや)主人」とも称す。下谷龍泉寺町生まれにちなんで「龍泉居士」、その縁で「太阿居士」、南傳町2丁目に住んで「南傳二」とも。日本人として初めてエドガー・アラン・ポーの作品を翻訳した人物としても知られる。安政2年、江戸下谷龍泉寺町に饗場(戸籍面)與之吉の五男として生まれる。大正11年、脳の障害のため死去。勸文院篁村清節居士。
| 名前 |
小説家・劇評家 餐庭篁村(あえばこうそん)の墓 |
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| ジャンル |
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| HP |
https://www.asahi-net.or.jp/~pb5h-ootk/pages/SAKKA/a/aebakoson.html |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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墓石の書丹は同業で書家の山岸荷葉である。題字は達筆な草書、碑陰は端正な楷書である。・餐庭篁村墓碑陰:大正十一年六月二十日没 荷葉山岸宇書。