高村光雲と光太郎の地、心静まるお墓参り。
高村光雲・高村光太郎・高村智恵子の墓の特徴
高村光雲の立派なお墓が訪れる者を迎える、格式ある場所です。
1852年生まれの高村光雲の歴史を感じられるスポットです。
彫刻家として名を馳せた高村光雲を偲ぶ、静かな環境が特徴です。
高村光雲、高村光太郎と親子で眠っています。素晴らしい作品をありがとうございます😊
高村光雲、光太郎、智恵子のお墓参り。
立派なお墓です。
高村 光雲(たかむら こううん)1852年3月8日(嘉永5年2月18日) - 1934年(昭和9年)10月10日日本の仏師、彫刻家。幼名は光蔵。高村光太郎は長男、高村豊周は三男。写真家の高村規(ただし)は孫(豊周の息子)。光雲の弟子には山崎朝雲、山本瑞雲、米原雲海、関野聖雲など近代日本彫刻を代表する彫刻家がいた。江戸下谷(現・台東区)に町人・兼吉の子として生まれる。1863年(文久3年)から仏師の高村東雲の元に徒弟となる。後に東雲の姉・エツの養子となり、高村姓となる。1934年 死去。満82歳。代表作・老猿(東京国立博物館蔵) - 1893年(明治26年)シカゴ万博出品作。木彫。国の重要文化財に指定。・西郷隆盛像(上野恩賜公園) - 1897年(明治30年)に完成し、翌年除幕式が行われた。傍らの犬は後藤貞行の作。・楠公像(皇居前広場)・山霊訶護(宮内庁蔵) - パリ万博出品作。
| 名前 |
高村光雲・高村光太郎・高村智恵子の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2025年12月28日に墓参しました。美術の教科書に東京美術学校で教鞭をとっていた高村光雲の老猿が掲載されていました。東京国立博物館で本物を初めて見た時の感動を今も思い出します。また、上野公園の西郷隆盛像を見る度に光雲の作なのだとまじまじと見てしまいます。十和田湖の十和田神社に参拝する時は、必ず乙女の像を見に行きます。湖水と乙女の像の清らかさが重なって、いつも気分が晴れます。花巻市の高村山荘へは、何度も訪れました。疎開中の生活は、さぞかし大変だったと思います。6年前に二本松市の智恵子記念館や生家を見学しました。ご実家は、花霞という銘柄を作る造酒屋だったと記憶しています。安達太良山の上の空は、あの日も青空でした。年の瀬でしたが、澄んだ青空のもと、手を合わせることが出来て嬉しい限りでした。