峠の絶景、伊氐波神社へ!
愛澤神社の特徴
青沢方面からの道は林道に近く、自然の中を楽しめます。
神社の上の峠からの眺めが素晴らしく、絶景を堪能できます。
近くまで車でアクセスできるため、気軽に訪れることができます。
ツーリングのついでに立ち寄ったが青沢方面から行くと舗装はされているが杉の枯葉が路面を覆いつくしさながら林道に近い形相です。それはそれで楽しいが車どうしすれ違うのは難儀すると思います。神社自体は歴史があり想いをはせながら見学するのがよろしい‥が、わざわざ行く程ではないかな。大杉はそれなり見応えありました。
神社はの上の峠からの眺めがなかなか。
神社付近まで車で行くことが出来ます。天然記念物である樹齢400年の杉の木は圧巻です。
| 名前 |
愛澤神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://yamagata-jinjyacho.or.jp/wp/jinjya/%E6%84%9B%E6%BE%A4%E7%A5%9E%E7%A4%BE |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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古くは「伊氐波(いでは)神社」と称したとある。鷹尾山の本院であった、とある。明治維新の神仏分離令により「愛澤神社」と改称したのであるが、それ以前が「愛澤大権現」と称していた。古来より社殿を持たず、霊窟を以て霊代となしていた、とある。この神社の写真を見ても、霊窟の写真がないのはきになるところである。❶【参考 飽海郡誌 巻之6 大正12年】愛澤神社(大正12年の書による)愛澤大権現と称していた、「古来、厳窟を以て、霊代となし、別に神殿を設けず」とある。今は社殿があるが、当時は社殿はなかった、とある。明治維新後に大山祇命(おおやまつみのかみ・丘陵の守護神)を祭る、とある。創立年月は不詳である。とあるが、新撰風土記に下記の様に記載がある。「欽明帝12年(518年)4月鎮座したとある。天平宝字(てんぴょうほうじ・757年~765年)中に兵乱の為に衰微(すいび)したが、弘仁(810年~824年)中、空海が中興するとある、が、これは社僧の捏造したものをそのまま記載したものなので今はこの話は、無視されている、とある。鹿島阿部系図に鷹尾山波神社愛澤別当と記載がある。里人の口碑に愛澤の霊窟は鷹尾山の奥院なりと伝わっている、であれば鷹尾山の堂舎は此の霊窟が本地として創始されたもので、その垂跡(すいじゃく)たる愛澤は当時、伊氐波(いでは)神社と称していた、とある。羽黒山の伊氐波神社とは全く関係ないよ、と注意書きもある。歴史を知らないので、何とも言えないが、一応書いておく。「安倍良輝(よしてる)入道が館を小槌ヶ獄(こづちがだけ)に築いて、武藤の軍門に属し、勢力を山内に振るっていたが、孫の安倍頼尚(よりひさ)天正19年12月28日に東禅寺城 城主_甘粕備後守の為に襲われて、仙乏に逃れ鷲尾愛澤の一山、ことごとく滅亡する。道場、屋敷、塔中、本宮等の土地の名称は皆これに関係がある。平田郷において、其の系統を承け(うけ)末社と称するもの、18か所あり。新井山毘沙門堂(現今村社新山神社)衆徒 峰中の勤行(ごんぎょう)の掛宿である。以て盛時を想見すべし」とある。その他文章はまだまだ続くのだが、すでに文が長いので、それらは省略します。[鎮座地] 字木目坂にあり。