金山城の堀切に立つ勇気。
大堀切の特徴
金山城の最大の堀切がある場所です、訪れる価値がありますよ。
敵兵の侵攻を防ぐために設計された堀切が特徴的です。
水を流す仕掛けが存在する辿るべき歴史の深い場所です。
文明元年(1469)新田一族であった岩松家純が五十子陣(埼玉県本庄市)を退き金山城に入城しました。「戦国時代の関東の山城には本格的な石垣普請の城はない」という従来の定説が発掘調査で覆されたほど、多くの石垣が多用されています。天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原征伐に際し、前田利家らが金山城を接収し、廃城となりました。この大堀切は、城の主要な防御拠点の大手虎口の目前にあるため長さ約46m、堀り幅約15m、深さ15mと大きな構造になっています。
金山城で最も大きい堀切。
大手虎口手前に位置する金山城で最も大きな堀切です。敵兵の侵入を防ぐため石積みの防御施設も設置されていました。
この城の最後の守りでしょうか?守りを固めた山城ならではの構造ですね!
敵兵が尾根伝いに攻めて来るのを防ぐ物場合に寄っては水を流したりするのかな。
敵兵が屋根づたいに侵攻してくるのを防ぎために作られた堀切です。
| 名前 |
大堀切 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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敵兵が尾根づたいに進攻してくるのを防ぐために造られた堀切(ほりきり)は、山城にとって一般的な防御施設です。とくにこの大堀切は、金山城のなかでも最も主要な防御拠点である大手虎口の目前にあるため、長さ約46m、掘り幅約15m、深さ約15mと大規模に造られています。発掘調査の結果、この大堀切は尾根を形成している岩盤を深く掘り下げ、堀底は平らに削られていることがわかりました。また、堀底には長さ約7m、高さ約1.5m、幅約1.8mの石積みでできた畝状(うねじょう)の防御施設が1カ所見つかりました。堀底が平らになっていることで、敵兵の侵入経路にならぬよう、障害物として造られたものであると考えられます。