歴史と自然が彩る箟峯寺。
無夷山 箟峯寺 (箟岳観音)の特徴
無夷山箟峯寺は、第9番札所の奥州三十三観音霊場です。
境内からは美しい田園風景が広がり、心癒されます。
カタクリの花が咲き誇る春には、特に訪れる価値があります。
宮城とは思えないくらい、杉の木が立派で、見応えありました。予想より、奥が広く、散歩がてら、行けます。
前から行きたかった微笑み仁王様が居る箟峯寺に行きました写真で見るより実物の方が愛嬌ありました凄く歴史のあるお寺でした京都清水寺も繋がりがありほんとに素敵な場所でした絶対また行きたいです御朱印も値段じゃないですが素敵なのに、3百円とは、有難いです。
無夷山 箟峯寺(むいざんこんぽうじ) 奥州三十三観音霊場 「第9番札所」になります。初めて訪問しました。最初に手を合わせてお参りをしてから広い境内をじっくり見ながらの撮影です。静寂の中で聞こえるのは野鳥のさえずり箟峯寺も立派で大きく見事なお寺でした。
正直、行ってみるまではこんな綺麗な場所とは想像していませんでした。穴場ですね。
とても静かな場所で心落ち着く時間を過ごせました。箟峯寺(奥州三十三観音第9番札所)開創は宝亀元(770)年、大伴駿河麻呂による蝦夷征伐の際、加賀国より白山権現を勧請し、光仁、桓武、平城帝の奥州鎮 護勅願所とされたことに始まりその後、延暦20(801)年の坂上 田村麻呂による蝦夷征討の際、この白山権現社の前で田村麻呂は勝どきをあげたとも伝わります。大同2(807)年には、坂上田村麻呂が敵味方の戦死者を葬って一宇を建立し、京都清水寺から十一面観世音菩薩を御本尊として勧請し、箟岳観音としたと伝わります。嘉祥2(849)年には、慈覚大師円仁が奥州巡錫の折に立ち寄り、堂宇を増築、弟子の尊常を住持させ、無夷山箟峯寺尊常住院と改め、天台宗の寺となりました。
10年振りで訪問しました。天気にも恵まれ午前中に大木に触れると気を貰え御利益が有るとの事で樹齢推定900年以上の夫婦杉、太郎杉、二郎杉、三郎杉を抱いて来ました。幹周りが全て5m前後有るので抱きご心地は満足でした。東北宮城涌谷にもこんなスポットが有るんだと灯台下暗しに思えて未だ行った事の無い人は是非是非お勧めします。心が洗われます!坂上田村麻呂将軍が1200年前に建立した箟峯寺、源義経も訪れた地に行って観て下さい。
カタクリの花がたくさん咲いてました。とても綺麗でした。これだけ群生しているカタクリの花は見たことありませんでした。
無夷山篦峯寺という名称ですが、「金峯寺」とした方が自然だと思いました。なぜなら、日本初の金が取れた山を守るお寺だからです。昔の人が、金が出た事を隠すために「篦」の字に変えたのかと思います。金は争いをうみます。田尻涌谷あたりは、大和朝廷が蝦夷と呼んだ土着の民族が支配していたエリアで、小高い加護坊山や篦岳丘陵は、見張りに適しており、金も産出したので、大和朝廷にとっては支配したいエリアだったのかと思います。山号の無夷山も、それで説明ができますし、仏教で国を統治しようとしていた大和朝廷の支配の象徴のようにも見えます。元は田尻の加護坊山にあった天台密教のお寺が移ったものだと言われています。加護坊山は、その名の通り、坊さんが住んでいた霊場のような場所で、国家安楽寺がありました。大和朝廷と蝦夷が争った際の戦死者を祀ったのでしょうか(大沢の横穴群などはその形跡?)今では加護坊山を東比叡と地元の方は呼んだりしますが、この篦岳丘陵も含めて、宮城県北部の歴史を感じれる数少ない場所です。
カフェ☕️ツー🏍の帰路で、寄ってみました。意外に近くで初めてでした😙境内を、奥の方まで散策すると、樹齢900年の立派な杉が何本もあります、圧巻です😳杉には、名前がそれぞれ太郎、次郎、三郎、四郎、そして夫婦杉とあります。
| 名前 |
無夷山 箟峯寺 (箟岳観音) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0229-45-2251 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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創建は807年坂上田村麻呂とされる山門や本堂は歴史を物語る風格に満ちている境内には梵鐘堂があり自由に鳴らすことができます、参拝された際は鳴らされてみてはいかがかと思います。