津田米次郎像、発明の足跡。
津田米次郎像の特徴
卯辰山公園にひっそりと立っている津田米次郎像です。
津田式力織機を発明した明治時代の発明家の銅像です。
銅像の由来を知るために訪れると面白い話が聞けます。
「津田駒創始者は米次郎の従弟の子」文久二年(1862年)に生まれ大正四年(1915年)に没する【明治時代の絹布人絹動力織機発明者】水車動力による津田式力織機の発明に成功、全国に普及させ羽二重など絹織物業の力織機化に貢献した発明家【津田駒工業株式会社の創始者】津田駒次郎は米次郎の従弟の子で米次郎とともに東京に出て織機づくりをしていた。日本経済に多大な貢献をした人の銅像はもう少し人の目に付きやすい所に設置出来れば良いと思います。
市内のとある寿司屋で津田米次郎さんの子孫とたまたま席が隣り合わせになり、聞いた話があまりに面白かったので、その話の中に出てきたこの銅像を見に行ってきたら本当にあった。その時に聞いた話をこちらに記します。(※真実かどうか確かめようもなくエビデンスも無いので、御伽噺として読み進めてください)金沢を代表する企業の津田駒は、第二次大戦当時、小松製作所同様、軍事兵器を生産していたそうな。日本の敗戦後、軍事裁判により、東條英機元首相がA級戦犯認定されたように、様々な人や企業が軍事裁判にかけられた。小松製作所は軍事責任を負わされることなくうまくすり抜けたが、津田駒はC級戦犯として認定されてしまった。その際、土地や工場や建物など、あらゆる資産を接収されてしまうのだがその最中、津田駒を残し事業を存続させる為に、津田家は経営権を本家から分家に移した。(ジャンボボールのあった金沢市泉本町あたりの線路沿いの広大な土地は元々津田家のものだったが接収されたらしい)本家は平成に入りつい最近まで、軍事裁判の後処理で苦労をし、その過程で、一族で持てなくなった津田米次郎像を金沢市に遺贈したとのこと。金沢の古いお店のカウンターで飲んでると、こんな話がいろいろなところで聞けるからおもしろい。
| 名前 |
津田米次郎像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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津田米次郎(つだ よねじろう)像は、金沢市の卯辰山公園にひっそりと立っている。少し目立たない場所にあるので、散策中に偶然見つけて驚く人もいるかもしれないが、その静かな存在感が逆に印象的だ。津田米次郎という人物は、明治時代に金沢で生まれ、日本の繊維産業に革新をもたらした発明家だ。特に有名なのは、日本初となる動力織機を1880年(明治13年)に試作したこと。これは後に豊田佐吉が発明した豊田式織機より16年も前のことで、津田がいかに時代を先取りしていたかが分かるだろう。その後も改良を重ね、1900年には絹織物専用の「津田式絹力織機」を完成させている。絹織物の生産が機械化され、大きく飛躍するきっかけになったのだ。当時の金沢は、明治維新後の混乱で産業が停滞していた。特に伝統的な絹織物「羽二重(はぶたえ)」の生産は手作業が主流で、時代の波に乗り遅れつつあった。そんな中で津田は、地元の織物業者や支援者の援助を受けながら20年以上も研究を続け、ついに国産の動力織機を作り上げた。津田の開発した織機は、金沢だけでなく日本各地に普及し、繊維産業の近代化に大きく貢献した。津田米次郎自身は、その功績が広く認められる前に、1915年に54歳で亡くなった。彼の死を惜しんだ地元の人々は、1917年(大正6年)に卯辰山の中腹に銅像を建立した。この銅像は、第二次世界大戦中の金属供出も免れ、現在まで残っている貴重なもので、当時の姿をそのまま伝えている。銅像の横には二つの顕彰碑が建てられている。一つは銅像と同じ大正期に、もう一つは昭和34年(1959年)に設置されたもので、津田の発明の概要が刻まれている。「明治十三年木綿力織機ヲ案出、我ガ国動力織機ノ嚆矢ナリ…」と記された碑文からは、彼の功績が端的に伝わってくる。津田の発明を継いで「津田駒工業」が誕生したのも興味深い。津田米次郎の遠縁にあたる津田駒次郎が1909年に会社を立ち上げ、現在も金沢市に本社を置く世界的な織機メーカーとなっている。津田米次郎の精神が時代を超えて脈々と受け継がれ、石川県を繊維王国として発展させる礎となったのだ。卯辰山公園は多くの碑や像が立ち並ぶ「碑林(ひりん)」としても知られるが、その中で産業技術の分野を顕彰している津田米次郎像は珍しい存在だ。歴史の表舞台で派手に活躍した偉人ではないかもしれないが、地道な研究と工夫で地域産業を救ったという意味で、まさに郷土の誇りだろう。卯辰山の散策路を歩き、少し木陰の先に目をやると、津田米次郎の銅像が静かに佇んでいる。その姿に、かつての金沢の産業を支えた人々の努力や情熱を感じ取ることができる。訪れた際には、銅像のそばの顕彰碑にもぜひ目を通して、地元が誇る偉大な発明家の物語に触れてみてほしい。