名古屋城の歴史を感じる場所。
名古屋城三ノ丸東外濠の特徴
御霊屋には中国式の儒教風建物があり、歴史的価値があります。
東門桝形跡から外濠までの散策が楽しめる場所です。
名古屋城はかつて広大な敷地を誇り、歴史を感じられます。
名古屋城といえば、おもてなし隊がいる場所を想いますが、かつての名古屋城はもっと広く、名古屋国税局、名古屋市公館がある場所、つまり三の丸庭園までが名古屋城だったことを想像させてくれます。
東門桝形跡から南側の外濠。以前名鉄の路線だけあって濠底は綺麗に整地されているが、以前は水濠であった。
| 名前 |
名古屋城三ノ丸東外濠 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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御霊屋は元禄年間に建物が増加し、秀忠、家光、家綱の二~四代の御霊屋があり、主要な御霊屋は中国式の儒教風の建物が造られ飾り瓦や霊獣が新調された屋根を飾ったものと考えられる。出土した名古屋城三の丸御霊屋の出土瓦には鉄釉の瓦や緑釉の瓦が残っています。この出土瓦のなかで目を引くのが、筒状に造られた龍の造形をもつ、飾り瓦と、御霊屋の大棟の正面にはめ込まれた、徳川の紋章である三葉葵紋をつけた方形の銅坂瓦である。このうち、飾り瓦は、織部釉と称される緑釉や志野釉と呼ばれる白釉を掛けた龍の造形品であり、銅坂瓦は三葉葵紋様の周りに鉄釉を掛けた方形瓦で、これらには製作年月や製作者の名前が刻まれていたのである。御霊屋は元禄年間に建物が増加し、秀忠、家光、家綱の二~四代の御霊屋があり、主要な御霊屋は中国式の儒教風の建物が造られ飾り瓦や霊獣が新調された屋根を飾ったもの考えられる。御霊屋の鉄釉の瓦や緑釉に飾り龍が残っており、銅板瓦に延享2年(1745)瓦師権右エ門、御瓦師加藤彦兵衛、斎加六左衛門のヘラ書きが確認できます。「瓦師 市左衛門 延享二年(1745)丑十一月 瓦師権右エ門作 御瓦師 加藤彦兵衛 斎加六左衛門」.「延享三寅三月 御瓦師 加藤彦兵衛 斎加六左衛門 権右□・・」が三葉葵紋の銅坂瓦裏面.「寅五月・・」「加藤彦兵衛□」が龍飾り瓦の板状台座にまた金箔張りの三葉葵鬼瓦とは別のいぶし瓦製の鬼瓦片側面に「御瓦師 斎加六左衛門」の名前がある。源敬霊廟もまた儒教に造詣の深かった義直の意向で造られた中国風の建物である。名古屋市・見晴台考古博物館には弥生時代の土器も展示してありました。