雪に映える太閤橋の道。
太閤橋の特徴
雪に覆われた太閤橋は美しく、写真スポットにも最適です。
日本最古の書物『古事記』に記される神々を祀っています 。
太閤秀吉が築造した歴史ある石の反り橋に感動しました。
雪に覆われた太閤橋。これだけ雪景色に太閤橋は初めて見ましたが美しく優雅でした。
20年前参拝した時は、太閤橋を渡って拝殿へと向かいましたが現在は通行禁止になっていました。「太閤橋」と呼ばれる石橋は天正十六年(1588)太閤秀吉が母大政所の病気平癒を祈願し事納した米一万石によって築造されたと伝えてられています。現在の石橋は徳川家光治世の寛永十五年(1638)の大造営時に再築されたものだそうです。
滋賀県第一の大社、日本最古の書物「古事記」に、この二柱の大神は神代の昔に初めて夫婦の道を始められ、日本の国土、続いて天照大神をはじめとする八百万(やおよろず)の神々をお産みになられましたと記されていますその多賀大社の鳥居をくぐって直ぐに在る、石の反り橋が在ります天正16年、太閤秀吉が生母の大政所の病気平癒を同社に依頼した際の1万石によって築造されたたため「太閤橋」と呼ばれるようになりました勾配がきつく降りる際には要注意!
| 名前 |
太閤橋 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0749-48-1103 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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町指定文化財2024年4月下旬、多賀大社参拝の際に知りました。説明板には—————————————————————-多賀大社の「そり橋」太閤秀吉が当社に寄せた信仰から「太閤橋」とも呼んでいるが、実際は「太鼓橋」である。築造は、江戸初期寛永十五年に徳川幕府の助成もあって、大僧正慈性によって本殿以下諸堂社の造営が行われた。「寛永年間多賀大社絵図井指地図」に「そり橋」も記載されていることから、この大造営の際に築造されたものである。この「そり橋」は神橋であって、例祭にはお神興が渡られる。昭和七年の造営には、「そり橋」の附近が改修され現在に至っている。お多賀さんの表関にふさわしい重厚な橋である。平成3年十一月吉日多賀町教育委員会————————————————————とあり大変立派な橋で先人の技術力に感心しました。