行幸坂で歴史を感じる。
太田黒伴雄奮戦之跡碑の特徴
行幸坂沿いに佇む歴史的な石碑があります。
明治9年の神風連の乱の舞台となった場所です。
太田黒伴雄の奮戦を記した標柱が存在します。
【神風連首領 大田黒伴雄奮戦之跡碑】この時おそく、かの時はやく、歩兵中佐大嶋邦彦は、鎭臺の司令部さして馬を飛ばし、南坂へとさしかゝる、古田十郎、青木曆太、松田榮藏等切尖揃へて攻めよせた。豪勇拔群のしかも無双の劍客と聞えたる大島中佐は、拔手も見せず馬上から三人相手にあしらうたが、馬を飛び下り土手に上つて奮鬪する。古田は指を切られ、松田も鉢卷の金具を斷たれ、やゝ受太刀となつたるところへ、「ナニカナニカ」と呼びながら。走りかゝりに太田黑は唯一刀、大島の胸部をグサと貫いた。三人これに力を得、亂刀をあつめてそこに大島を切り伏せた。石原醜男 著 『神風連血涙史』より抜粋。
近く、もう少し上に討ち入り口の碑もあったかと。
明治9年(1876年)10月24日に熊本城下で起きた神風連の乱の首謀者、太田黒伴雄以下約170名がこの地で奮戦したことを示す標柱があります。
| 名前 |
太田黒伴雄奮戦之跡碑 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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行幸坂の途中に佇む石碑。神風連の乱を起こした首領大田黒氏が政府軍と戦った場所。