舟形石棺と丹後の歴史。
蛭子山古墳の特徴
丹後を代表する整備状況が良い古墳公園です。
綺麗に復元された三段の前方後円墳が見どころです!
145mの規模感を誇る蛭子山古墳が魅力的です。
いつも整備状況が良く、丹後を代表する素晴らしい古墳公園です。また、地元花崗岩製の当時最大の舟形石棺や、丹後にしか存在しない丹後型円筒埴輪や、与謝野町出土のガラス釧など、資料館も見どころ満載です。
三段になった前方後円墳、綺麗に復元されておりその規模感と相まって見応え抜群です!頂上部の建屋の中に長持ち型の石棺が置かれておりこちらも必見です!
こちらも古墳地帯ですね^^ 与謝野町は日本海に流れ込む野田川を挟んで東と西で「あの世とこの世」を使い分けていたのでしょう。海面も6m程高かったというので、平地は入り江だった可能性があり古墳が平地よりも10m以上高台に造られたと思います。 豊岡市の円山川 京丹後市の上川谷川 福田川 竹野川 福知山の由良川流域など沢山の古墳が発見・言い伝えられて保存されてます。祖先が生きた証ですので、大切にして頂きたいですね。数千年の日と人が生きた証でもあります。
与謝野町立古墳公園の前に立った時、何で加悦町公園が同じ場所にあるんや?との疑問が。古墳の謎に触れる前に与謝野町の歴史を勉強する事に。何でか判らんけど与謝郡は離れた所にもあるんや?主題の蛭子山古墳のある場所は古墳前期頃から大陸からの文化の吸収窓口的場所でヤマト地域の発展を支えてきた地域と思う。昭和初期の地震で後円部が地割れして埴輪列が見える事になったという。「災い転じて福となす」とはこの事だろう。今は立派な公園として遠足や野外勉強に貢献している。丹後には沢山の文化遺産がある。
蛭子山古墳(えびすやまこふん)墳丘長145mの前方後円墳、築造時期は4世紀中頃と推定。国指定史跡。古代丹後地域には、弥生時代中期後葉から後期(前1世紀~後2世紀)以降にかけて、鉄器や玉類の出土が確認されており、畿内に先駆けて高度な技術をもつ集団がいたことを示唆している。また、早くから大陸や日本海地域との交流が盛んに行われており、いわゆる「古代丹後王国」の議論が近年盛んになってきている。
地域を一望できる場所にある古墳。
| 名前 |
蛭子山古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0772-43-1992 |
| 営業時間 |
[土日火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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1. 基本データ• 形状: 前方後円墳(3段築成)• 規模: 全長 約145m(丹後地方で第3位、日本海側で第4位)• 築造時期: 4世紀中頃(丹後三大古墳の中で最古)• 指定: 国指定史跡2. 最大の見どころ:舟形石棺(ふねがたせっかん)後円部の頂上には、この古墳の主が眠っていた**「舟形石棺」**が、発掘当時の状態で保存・公開されています(現在は保護のための覆屋があります)。• 特徴: 地元の花崗岩をくり抜いて作られており、丸みを帯びた舟のような形をしています。• 装飾: 棺の内側には、死者が頭を置くための**「石枕(いしまくら)」**が彫り込まれており、被葬者に対する丁重な弔いが見て取れます。3. 歴史的意義と出土品• 丹後王国の夜明け: 4世紀中頃という早い時期に、これほど巨大な前方後円墳が築かれたことは、大和政権との強い繋がり、あるいはそれに対抗しうる独自の勢力(丹後王国)がこの地に確立されていたことを示しています。• 豊富な副葬品: 石棺の内外からは、銅鏡(長宜子孫内行花文鏡)、鉄刀、鉄剣、鉄鏃、鉄斧などが大量に出土しました。• 狩猟の儀式?: 墳丘からは、全国的にも珍しい**「イノシシ」や「犬」の形をした土製品**が出土しています。これは当時の狩猟儀礼を再現したものではないかと考えられています。4. 併設施設「はにわ資料館」古墳のすぐ隣には**与謝野町立古墳公園「はにわ資料館」**があります。• 蛭子山古墳から出土した実物の埴輪や石釧(腕輪)が展示されています。• 勾玉(まがたま)作り体験などのワークショップも開催されており、家族連れでも楽しめます。