明石川沿いの住吉神社で心和むひととき。
住吉神社の特徴
明石川沿いに位置する、歴史ある神社として地元に親しまれています。
妊産婦を祀る産之磐があり、安産祈願の参拝に訪れる方が多いです。
川遊びができる環境で、子どもたちも楽しめる憩いの場として人気です。
正月の初詣はここに来ます。3日目くらいに行くと空いていて、参拝しやすいです。
主祭神は住吉3神と息長足姫(神功皇后)楯神と鉾神もあり。掃除が行き届き七五三には沢山の家族連れが訪れる神社です。御由緒ではツモリノムラジなる衆がこの地に勧請したとの事。向かいの山の元住吉山で祀られているウマシマジ(可美(かみ)真手)とこちらの神社の関係性がとても気になります。ありがとうございました。
住吉神社(すみよしじんじゃ)。兵庫県神戸市西区押部谷町細田。旧郷社。押部谷住吉神社(おしべたにすみよしじんじゃ)を称する。主祭神:底筒男命・中筒男命・表筒男命 気長足姫命資料によると、第46代孝謙天皇の754年(天平勝宝6年)9月13日に川向の元住吉山に摂津国住吉神社から社家、津守連が楯神、鉾神ならびに神霊を勧請したことに始まる。現在の押部谷町全体の12の村および、平野町常本までを含む当時の押部の庄全体の氏神となっている。1559年(永禄2年)6月29日に現在地に遷座したといい、旧地には現在は「可美真手命神社」が鎮座しています。その20年後の1579年(天正7年)6月25日、羽柴秀吉の三木別所攻め(三木合戦)の兵火にかかり、神社建物はことごとく焼失した。安土桃山時代の末期1594年(文禄3年)9月13日には高和の社地に御旅所を創設し、江戸時代初期の1619年(元和5年)当神社の朱印領は十石であった。1647年(正保4年)4月8日に4別棟を再建し、1734年(享保19年)4月本殿覆を建立し1874年(明治7年)2月には兵庫県明石郡の郷社に列せられる。1919年(大正8年)に境内敷地を拡張し1981年(昭和56年)6月には参集殿を建設し現在に至っている。当社は『住吉大社神代記』(住吉大社に伝わる古文書)に特に記されていないものの、住吉神を祀る神社の中でも特に古い由緒を持ち、或いは住吉大社の神領だった椅鹿杣山と共に住吉大社へ木材を供給していたのかもしれません。とあります。
迫力満点の四本殿とそれを守護する盾神社と鉾神社。鎮守の杜に点在する境内社、神功皇后ゆかりの産之磐など、見どころの多い古社です。元住吉と言われる向かいの可美真手命神社と合わせてお詣りを!
兵庫県神戸市西区にある住吉神社ですね。前から気になってましたが桜の散策で初めて寄りました。住吉神社の歴史が古く天平勝宝6年(754年)に創建されたと伝わる神社ですね。摂津の住吉大社から勧請され、地元では「細田の宮さん」として親しまれています。本殿と四殿は神戸市指定有形文化財に指定されて居ます。安産祈願の神様としても知られ、多くの参拝者が訪れます。春は神社や周辺の川に桜が咲き秋には例大祭で賑わいますよ。
2025.1.26神戸市西区押部谷町の明石川右岸に鎮座する大きなお社です。旧社格は郷社。平地にあって明石川に隣接して境内が広がっています。駐車場とトイレが整備されてます。境内は良く手入れされていて、参拝客も多い神社です。
明石川沿いにあるとても大きな神社です。御由緒書きによると、天平勝宝6年(754年)、摂津の国住吉神社の社家津守連が楯神・鉾神と共に宮山「今の元住吉山」に勧請したのが始まりと伝えられているとのこと。永禄2年(1559年)に現在の宮地に移遷、天正7年(1579年)に秀吉の三木城攻めの兵火によって社殿は焼失。正保4年(1647年)に四別棟を再建、享保19年(1734年)本殿建立。社務所ではとても丁寧に対応いただき、御朱印は書き置きだったのですが親切にご説明頂きました。神の子ならば無事に筑紫の国で生まれるとの予言通り皇子が生まれたので、この住吉神社は安産祈願成就の神社だそうです。
車から降りると桜耳の茶色の野良猫が尻尾を立てて近づいて来ました。人懐っこい猫で体を擦り寄せてきました(笑)御朱印は書き置きしかありませんでした。駐車場はあります。
地元の由緒ある神社。初詣はそこそこ賑わう。本殿は古くてしっかりした建物で境内も広い。お守りなども売っている。
| 名前 |
住吉神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
078-994-4406 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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初詣にいきました😊静かです。昔からお近くの方が信心されてる大切な場所です。