川島橋渡り歴史散策。
宮島(浮島)八幡宮跡の特徴
吉野川方面に位置する夏の静かな神社跡です。
大正時代の歴史的背景を持つ神社の名残があります。
天日鷲命を祀り、阿波忌部氏の文化が感じられます。
大正時代に行われた吉野川の改修に伴う「3,000名の住民の強制立ち退き」と「社殿・島の基盤の爆破」という物理的な破壊が行われたのは事実です。浮島八幡宮は、平安時代の『延喜式神名帳』に記された名神大社『忌部神社』の比定地(有力な候補地)とされていました。歴史研究や地元の伝承では、この善入寺島の地こそがその本源であるという説が根強く残っています。大正時代の爆破による消失は、単なる工事以上の歴史的断絶を意味しています。
川島城のそばにある川島神社から吉野川方面へ、潜水橋である川島橋を渡って善入寺島(旧粟島)へ。昔この島(中洲)には、浮島八幡宮(宮島八幡宮)という神社があったそうです。一説によれば、浮島八幡宮は白鳳2年(674年)の創建で、式内大社・忌部神社とも言われている由緒ある神社でした。非常に歴史のある神社だったのですが、大正時代に洪水の多い吉野川を改修するということで、島に住んでいた住民(約3000人)を立ち退きさせました。そして住民を立ち退きさせた後、この浮島八幡宮をダイナマイトで爆破しました!粟、阿波、あわわ・・・ということで、実際に浮島八幡宮があったとされる所に行ったのですが、かなり最近作られたような小さな石碑があるだけで他は何も無し!ということで爆破された跡地には、なぜか小さな鳥居が結界のように立てられていたりで、怪しさ満載でした。しかも、ここの地名だった「粟島」という名前も消して、善入寺島に変えてしまってます。都市伝説大好きの人の間では伝説的なタブーとなっている場所でした。
爆破された神社跡。
| 名前 |
宮島(浮島)八幡宮跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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阿波忌部氏の祖神、天日鷲命が祀られていました。大正4年、政府の人間が島を訪れ、吉野川の氾濫の恐れがあるとして島民に立ち退きを命じました。やがて住民が戻った時、浮橋八幡宮はダイナマイトで爆破されており、見るも無惨な姿に変わり果てていたそうです。