平清盛ゆかりの兵庫津散策。
古代大輪田泊の石椋の特徴
平清盛ゆかりの地に位置し、歴史を感じる遺物が楽しめます。
平安時代の港湾施設の一部として、当時の様子を思い描けるスポットです。
兵庫津では外国人たちのサビキ釣りが賑やかな風景を演出しています。
たまに見に行く分としてはいいと思います。でもそんなに面白くはないです。
整備された散歩道だけかと思いきや…古代の歴史的な意味がある記念の場所でした!船が 停泊してるのどかな風景と…意外な名所なんですね。
平氏の街を訪ねるなら先ずはここだな😃奈良時代、平清盛によって作られた宋との交際貿易の小さな港である。一般的に平清盛があまり好かれていないのは強すぎた為で、日本の経済の礎を作り上げた人、それが見えるのが神戸港なのです。海外との交流は博多が窓口、平安京は離れている、この大輪田港なら貿易によって日本の経済も活発になる。取引の支払いを、米とか絹の織物に代わって宋のお金にすると便利だ。小さなお金にする事で持ち運べる利便性を知った清盛は、この貨幣を独占しようと壮大な野望を抱くのである。当時、この港は波が荒くて船が停泊出来ない。コリャ駄目だと言ったかどうかは定かで無いが、”防波堤作戦”を練る。それが、平家物語に出てくる「経が島」これによって波軽減、中国船の来航で、平清盛の読み通り”貨幣経済"があっという間に普及するのである。更に近くに"福原京”を建立、平安京は貴族の内向き姿勢に対して福原京と経が島は港を介して宋と直接結びつく。又、船が着けば乗組員は上陸する。文化交流の為、今で言う外務省も来る。つまり国際的に解放された王朝が出来るのだ! 清盛の野望が実現しようとしていたのです。ところが…敵対する源氏との戦い。戦いの真最中に雨が降らない大飢饉が起こるのだ。金で食糧が買えなくなる。結局一の谷で敗れ、逃げた平氏は壇ノ浦での戦いで滅びる😢海に強い、海を熟知した平氏が海に滅びる。あぁ~その後、飢饉が治まるとお金は便利だと、人はお金を使い始めるという、まあ運も無かったんだな。その後鎌倉幕府になり、お金は使用禁止、が庶民はこんな便利な物をやめられるかい! 結局、平氏の作ったシステムが現在に至っているのである。その当時のお金は発掘されて出てきたが歴史展示物は”治承,寿永の乱"で源義仲が全て焼き払ったそうだ。😢
イオンモール周囲を散策している際に行き当たりました。近くに在る県庁跡のミュージアムで昔の兵庫港の写真を見せて頂いた事があり、港が栄えていたと知ったのですが、古くは平清盛時代まで遡れるのですね。何気無い石塊ですが長久の昔をイメージさせてくれる浪漫があります。
ハーバーランドから須磨に向けてサイクリングしている途上で発見! この兵庫運河沿いは車通りも少なく、サイクリング向きだと思います。案内板の説明書きでは、古代の兵庫の港はここが海岸線だったようですね。
工場の立ち並ぶなか、ひっそりと立て看板と礎が立っています。付近に案内等は無さそうだったので、気をつけて探さないと通り過ぎてしまいます。
石です…(笑)
兵庫区は神戸発祥の地です。平家が神戸の海が自然の良港であると見抜き、鯖街道以外は京都に運ぶ大半の物資を大和田から運びました。
当時の様子を偲ぶことができる、貴重な遺物だなあ。
| 名前 |
古代大輪田泊の石椋 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
古代を想像するのも楽しい時間です。