明治22年の加工場、家屋の歴史を感じて。
魚類製造家屋の特徴
外観を眺めるだけでも趣を感じる場所です。
漁業だけでなく加工を考えた特徴的な施設です。
明治22年に建設された歴史ある加工場の跡です。
mapを見ていて、「家屋」ってどういう所だろうと思って、実際に行ってきました。由良半島のほぼ先端、車道の行き止まりです。小さな漁村の中に、間口50メートルくらい(map測定)の巨大な木造家屋があって驚きました。この建物は、他の方のクチコミにもあるように、浦和盛三郎という人が、明治時代に建てた、「魚類製造家屋」(これが正式名称らしい)です。魚類の加工品の製造のための家屋、ということですね。今は、一般の方の住居ということなので、外観だけ撮影させていただきました。また、ここに来るまで、現代版の舟屋?らしいコンクリート製の建物があちこちにありました(「家屋」の前にもある)。他ではあまり見ないような気がするので、興味深かったです(私が無知なだけ?)。あと、ここまでの道路は、四国らしくかなり狭かったです(整備済の区間もあるけど)。(撮影日:2024年10月19日)2025.4.17追記名称がわかりやすくなりましたね。前の「家屋」の方がインパクトがありましたが(笑)
1889年(明治22年)網元の浦和盛三郎という人物が、漁業だけでなく加工をしていくことを考えて作った加工場の跡。盛三郎は強風を避けて窓の無い作業所を建設。そこで作った燻製を販売して得た財産で盛三郎は小学校の創立、宇和島運輸の創立に尽力。地元の名士となるも49歳で急死したと伝わる。現在の加工所は一般人の方が住まう住居になっているらしく、表からの写真のみ撮影。
| 名前 |
魚類製造家屋 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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外から全体像を眺めたのみ。この建築物の歴史的なことは予習していませんでした。車で行けるのはここまで。本来の目的地は建物ではなく、この先は登山の用意が必要でした。またいつの日か再訪できたら。