国宝の拝殿で感じる歴史。
摂社出雲建雄神社の特徴
摂社出雲建雄神社の拝殿は国宝に指定されています。
拝殿は大正3年に移築された歴史ある建物です。
内山永久寺の鎮守としての由緒ある存在です。
現地で国宝というのを見てびっくりしましたそれから永久寺のことを調べたら、なかなか面白い歴史、鳥居近くの歌碑の石材も永久寺からのものみたいですね。
出雲建雄神社(いずもたけおじんじゃ)。奈良県天理市布留町。式内社(小)、石上神宮境内摂社。【祭神】出雲建雄神【祭祀対象】霊剣資料によると、石上神宮境内摂社。神宮楼門南の丘上に鎮座する。江戸期の記録は若宮として記すものが多いがこの地に出雲建雄社の伝承があつた事は確かである。天武天皇の頃、636年(朱雀元年)布留川の上日谷に瑞雲が立勝る中、神剱が光を放って現れ「今此の地に天降り、諸の人を守らん」と宣言し直ちに鎮座されたという。祭神:出雲建雄神(草薙剣の荒魂、縁起では「吾は尾張の氏の女が祭る神である」とあり宮簀媛を示すとされる)。社殿は切妻造、檜皮葺。拝殿(国宝)は内山永久寺の鎮守社住吉神社の拝殿を1914年(大正3年)に移築したもの。正安2年(1300年)の建立。とあります。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)の荒魂である出雲建雄神(いずもたけおのかみ)をお祀りしているそうです。拝殿は国宝に指定されています。
☆国宝☆凄く趣ある古風な出雲建雄神社前の拝殿。元は現在消滅した内山永久寺の住吉社拝殿を大正3年に移築した拝殿、今はなき内山永久寺の現存建造物として貴重な遺構なため国宝指定、最初の建立年は1137年(保延3年)👀
せっしゃいずもたけおじんじゃはいでん。もとは内山永久寺の鎮守住吉神社の拝殿を大正3年に移築したものだそうで、正安2年(1300)に現状の規模に改めたという記録があるそうです。
拝殿は国宝でした。
元来は内山永久寺の鎮守の住吉社の拝殿であったが大正3年に現在地に移築された。内山永久寺は永久年間(1113~18)に創建された大寺院であったが、神仏分離令により明治9年に廃絶した。その後も鎮守社の住吉社は残されたが、その住吉社の本殿も明治23年に放火によって焼失し、拝殿だけが荒廃したまま残されていたので、当神宮摂社の出雲建雄神社の拝殿として移築した。従ってこの建物は内山永久寺の建物の遺構として貴重なもので、国宝に指定されている。建立年代については、はじめは保延3(1137)年に建立され、その後13・14世紀に2回の改築により現在の構造・形式になったと考えられている。
内山永久寺は鳥羽(とば)天皇の永久年間(1113~18)に創建された大寺院でしたが、神仏分離令により明治9年に廃絶しました。その後も鎮守社の住吉社は残されましたが、その住吉社の本殿も明治23年に放火によって焼失し、拝殿だけが荒廃したまま残されていましたので、当神宮摂社の出雲建雄神社の拝殿として移築しました。石上神宮HPより。
摂社の拝殿が国宝なのは凄いと思いながら、いつもお詣りしています。ありがっ様です。
| 名前 |
摂社出雲建雄神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
|
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出雲建雄神社は、何も知らずに階段を上って参拝する場所ではありません。最も無難なのは、男女ともに階段を一段も上らず、参道から遥拝することです。公式には、出雲建雄神社は三種の神器「草薙剣」の荒魂を祀る石上神宮の摂社です。隣には、国宝に指定された「摂社 出雲建雄神社拝殿」があります。この場所には、天武天皇の時代に石上神宮の神主・物部邑智が見た夢に始まる、御神剣の伝承があります。夢の中では、八つの頭を持つ龍が一振りの神剣を守り、出雲国から八重雲に乗って光を放ちながら布留山の奥へ飛来しました。神主が夢で見た山中へ行くと、一つの岩に光る御神剣が刺さり、その周囲を割れた八つの大岩が取り囲んでいました。そこへ女神が現れ、「神剣を布留社の高庭に祀るように」と告げました。神主は、石上神宮の御本殿を見下ろす小高い丘に光る御神剣を埋め、その上に御宮を建てました。それが現在の出雲建雄神社であるという伝承です。この光る御神剣は、スサノオ神がヤマタノオロチの尾から取り出した「天のむら雲の神剣」、別名「草薙の剣」と結び付けられています。ヤマタノオロチから分離した八つの霊体も御神剣とともに飛来し、出雲建雄神社に隣接する国宝の拝殿には、その八つの霊体が鎮まっているとされています。大国主神の霊神が御宮で草薙剣を守り、出雲建雄神社そのものも人格神を祀る通常の神社というより、御神剣の強大なエネルギー体を祀る場所です。この小高い丘へ登ることは、霊的にはヤマタノオロチの背中へ乗ることになります。草薙剣については、公式には御本体が熱田神宮に祀られ、皇居の「剣璽の間」には形代が安置されています。しかし、正式に作られた形代は単なる模造品ではなく、御本体と同等の働きを移された神剣です。本体と形代を一定期間並べ、秘密の言霊を奏上することで、御神剣の力を完全に移せるとされています。そのため、御本体がどこにあるのか、出雲建雄神社の地下に埋められている神剣が御本体なのか正式な形代なのかは、外部から確定できません。戦乱や外国への略奪を防ぐため、真の所在は現在も非公表です。いずれであっても、この丘に強烈な御神剣の力が存在することに変わりはありません。かつて、この階段上は一般参拝者が入れない禁足地であり、女人禁制でもあったと伝えられています。神職以外では、許可を受けた男性だけが潔斎を済ませたうえで入ることを許された場所です。現在は公開されていますが、場所の霊的な性質まで変わったわけではありません。この場所では、ヤマタノオロチの力による容赦のない厄祓いが起こります。浄化された人は問題ありませんが、穢れをためた人には、将来の病気や災難を消すほど強烈な祓いが一挙に働き、副反応が生じる可能性があります。古代に女性を近づけなかったのも、子どもを産む女性を強烈な磁気から守るためだったとされています。したがって、最も無難なのは石上神宮の御本殿・拝殿だけを参拝することです。出雲建雄神社を参拝する場合も、楼門のすぐ後ろにある階段を含めて一段も上らず、階段下の参道から全体を遥拝するべきです。参拝作法は、階段下の参道から二礼二拍手一拝とし、心中で「生かして頂いて 有り難う御座います」と感謝を奉げます。御祈祷を受ける場合の順序は、次のとおりです。・最初に石上神宮の御本殿・拝殿へ参上の挨拶・出雲建雄神社へ向かう前に御祈祷を受ける・階段を上らず、参道から出雲建雄神社と国宝の拝殿を遥拝する・帰る前に、もう一度石上神宮の拝殿を参拝知らずに階段を上ってしまった場合も、違和感がなければ過度に恐れる必要はありません。今後は階段を上らず、参道から遥拝すれば問題ありません。出雲建雄神社は、近くで見ようとして丘へ上がる場所ではありません。御神剣とヤマタノオロチの八つの霊体が鎮まる強烈な神域です。境界を守り、階段下の参道から参拝するべきです。