茶臼山で歴史散策、静寂な小旅行。
茶臼山の特徴
天王寺駅から徒歩約11分、静かな公園でのんびりできる穴場です。
茶臼山は大阪夏の陣の本陣跡として歴史が感じられる名所です。
大阪市内最大級の前方後円墳で、魅力的な古戦場跡として知られています。
「茶臼山(ちゃうすやま)」は、大坂の陣の重要拠点です。大坂冬の陣では、徳川家康が本陣を置き、大坂夏の陣では、真田幸村(信繁)が本陣を置きました。現在では、山頂に「真田幸村公本陣跡」や「徳川家康本陣跡」といった石碑や解説板があり、歴史の息吹を感じることができます。標高はわずか 26メートル。天保山などと並び、大阪の「五低山」の一つに数えられています。• : 山の南側に広がる「河底池(かわぞこいけ)にかかる朱色の「和気橋(わけばし)」を渡って山へ向かう景色は、写真スポットとしても人気です。
日本最高峰の富士山登山後の2日後に茶臼山登山をしたこともあります(*^^*)散歩コースにしているので四季折々の茶臼山を見させて貰っています茶臼山は歴史の深い山なのでもっともっと皆さんに知れてほしいです。
真田真繁や徳川家康が陣をひいたとされる高台で周囲を一望でき重要な地形であることがわかる説明版も設置されているが殆ど真田真繁に関するものだった。
天王寺の天芝を抜けてブラブラ♪池があったり、山があったりと、なかなか楽しめるエリア♪丘の様な山を登ると茶臼山のてっぺん(笑)歴史を感じながらの小旅行気分♪デートコースとしてもなかなかです♪
標高26mの「山」である。大阪夏の陣において真田幸村が陣を置いたので有名である。冬の陣では徳川家康が陣を置いた。周囲より一段高い位置にあるため、戦いにおいて重要な拠点となったようだ。この茶臼山だが、古墳という説が有力である。しかし、その説への疑問も呈せられている。石室の一部とみられるものが発見されてはいるが、明確な証拠が発見されているとは必ずしもいえないそうだ。いずれにしても周囲を含めて公園となっており、天王寺駅から一足で「山頂」に達する。
大坂冬の陣では徳川家康、夏の陣では豊臣方の真田幸村の本陣として伝わります。山頂には大坂の陣を模した石碑などが設置されています。
両親が永眠するお寺の近くにある「茶臼山」。季節🌸🌻🍂❄事に違う表情を魅せる場所です✨️。都会の中の癒しのオアシス。和気橋まで歩くと池に出る事が出来て、自然の動物なんかにも、お目にかかる事が出来ます。
茶臼山(ちゃうすやま)は天王寺公園から、アベノハルカスと通天閣が見えて、お散歩や木陰のベンチで涼んだり、のんびり出来る静かな公園でした。人は多くて活気がありオシャレで素敵な公園でした。"公園と茶白山を結ぶ和気橋(わけばし)は真っ赤な箸で池を渡ることができます。"お天気が良く太陽の光をいっぱい浴びている池に咲く生き生きとした蓮の花がキラキラしてとても綺麗でした。嘴の黄色い大きな鳥が蓮の花の前で佇む姿も可愛かったです。外国人も多くウォーキングをしている方や写真を撮っている方もいました。場所は、天王寺区茶臼山町。四天王寺南西、天王寺公園のなかにある比高約八メートルほどの小丘。茶磨山(摂陽群談)・茶磑山(摂津名所図会大成)とも書く。東面して三段築成された前方後円墳とみられ、西側から南側にかけてめぐる河底かわぞこ池は周濠の遺構と推定されている。全長約二〇〇メートルで、現在四天王寺本坊にある長持形石棺は茶臼山から出土したといわれるが確証はなく、近年古墳であることを疑問視する意見も出ている。従来、「日本書紀」推古天皇元年条にみえる「難波の荒陵あらはか」に充てられてきた。南北朝以来、四天王寺付近は度々合戦場となったが、茶臼山にも城塞や陣所が置かれている。「細川両家記」には天文一五年(一五四六)に細川晴元の兵がこの地に城を築いたとある。慶長一九年(一六一四)大坂冬の陣では、徳川家康・秀忠が山上より大坂方の形勢をうかがい、家康は同年一二月に住吉から陣営を当地に移している(大坂御陣覚書)。冬の陣の講和の際、茶臼山の家康陣所を舞台とした木村重成の血判取の話は有名。翌年の夏の陣には、大坂方の真田幸村が当所に陣を置き、付近一帯は主戦場の一つとなった。この戦いは茶臼山の合戦と称され、「三河物語」に詳記。なお夏の陣後、家康が山上で諸将を集めて戦勝を祝したので、御勝おかち山の称が起こったといわれる。江戸時代、新任の大坂城代は茶臼山山頂の家康陣所跡を訪れ、敬意を表するのを例としたという(天王寺区史)。「浪華の賑ひ」に、大坂の陣で茶臼山が陣営となって以降、登山は禁止されたとある。府指定史跡。
水面に架かる赤い欄干と緑の小山の先に夕暮れの空に浮かぶ通天閣。ヤバッ、気付いちゃったよ。何気に通天閣が1番きれいに見えるスポットかも。今まで知らんかったわ。てんしばが防波堤になっているのでしょうか?駅から少し歩くとは言え歩く人もまばらです。静かな環境保護にとっては、今後もテレビや新聞や旅行雑誌に書かれない事を祈ります。山頂には真田幸村に関する解説が沢山あって、大阪夏の陣での真田の本陣であったのは確定的ですが、そこは日本有数の古い歴史を持つ谷町台地。学術的調査で古墳時代の遺物も遺構も検出されなかったって事で、学問としては古墳認定出来ないのでしょう。その少し後に、和気清麻呂が大和川と繋げる運河として開削した跡地説も、尤もらしい感じはしますが、眉唾物な感じもします。その場所から検出しないと認定しない、と言う融通の利かなさが考古学にはあるので、四天王寺には埴輪や石棺があるって事からも私的には茶臼山は普通に前方後円墳な気はします。
| 名前 |
茶臼山 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
06-6761-1770 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 7:00~22:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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四天王寺のすぐ南西に位置する、歴史の大きな転換点となった場所です。ここは「大坂の陣」において、徳川家康と真田幸村の両雄がそれぞれ本陣を置いた場所として知られています。【戦国時代、最後の大戦の舞台】慶長19年(1614年)の冬の陣では徳川家康が、翌年の夏の陣では豊臣方の真田幸村がこの地に陣を敷きました。かつての敵味方が、時を隔てて同じ山に本陣を構えたという事実に、歴史の数奇な巡り合わせを感じずにはいられません。【山頂の様子】現在は静かな公園となっていますが、山頂には大坂の陣を解説する史料や地図、そして立派な石碑が設置されています。当時の陣立てを地図と照らし合わせながら眺めると、ここが「天王寺口の戦い」という激戦の舞台であったことがリアルに伝わってきます。都会の喧騒の中にありながら、戦国武将たちが命を懸けて駆け抜けた時代の風を感じられる、非常に感慨深いスポットでした。