歯神さま祀る諸福天満宮。
諸福天満宮の特徴
寛永20年に勧請された歴史ある神社です。
桃山建築の雰囲気を残した本殿が特徴的です。
隣接する勝福寺とともに、町の文化の一部です。
諸福天満宮は、境内に歯痛によく効くといわれる歯神さまが祀られています。菅原道真が祭神で、平成の修復の際に神額の菅原神社と書かれていた板の下に天満宮の字があることがわかり、1752年(宝暦2年)の作成になる菅原道真画像の掛軸を入れた箱にも「天満宮」の銘があることから、氏子の意見を取り入れ、1999年(平成11年)元日に「諸福天満宮」へと改称しました。大東市の文化財に指定されている本殿内の社には円柱・破風・木鼻等の彫刻が江戸初期の桃山建築様式を残していて、平成の修復で元の鮮やかな色彩が蘇りました。10月の秋の大祭には数多くの露店が出店され、大小の地車(だんじり)も曳かれて賑わいを見せています。
地元の人に大切にされている小さな神社です。お守りや御朱印はありません。
付近は、度々通りますが、気になりつつも今回初めて訪ねました。地域の方々に大切にされているお社というのが伝わる雰囲気です。きれいに清掃されて、気持ちの良い神社です。諸福は、新開池・深野池があったころから、村として存在していました。江戸時代中頃に大和川が開削されて、新開池・深野池が消滅するまでは、川の畔にあった村で、その境目の地形にとても興味があります。新開池の北側の堤防上に街道があり、その道沿いに発展した村の神社ですが、水害の被害を受けないよう、神社は人工的に高くしてあるようです。その向かい側の曹洞宗勝福寺は、水害の被害を度々受け、大切な寺物を多く失っているとの言い伝えを見ると、隣接している天満宮の地形がひときわ高くなっているのは、水害に備えての事だと思われます。新開池はここから南側にあり、堤防(自然的?)で守られていますが、それでも堤を度々越水することがあったようです。そういう歴史、村人の努力などなど、感じさせる地形と環境です。とても大切にされている神社だと思います。
1月1日の午前0時前後にて毎年行事でお札、お守りの販売があります。又、無料で大根の煮物が頂けます。無人神社にて自治会が管理されています。
寛永20年(1643)に勧請され江戸初期の様式ながら桃山建築の雰囲気を残しています⁉️隣の勝福寺は当社の宮寺です⁉️
大阪府大東市諸福1丁目の住宅街に囲まれた一角にある神社です。創建は1644年と歴史のある神社となります。元々は「菅原神社」という名称でしたが、平成初期の修復工事で創建当時の「天満宮」という名称であったことが判明、それを機会平成11年に現在の「諸福天満宮」に改称されました。この経緯については境内の石碑にも記録されています。神社としては比較的小規模で建物は拝殿と手水舎ぐらいに留まります。なお、地元の東諸福地車保存会の地車(だんじり)が同敷地内の倉庫に保管されており、例年のお祭りではここから地車が曳き出されます。それに併せて境内では保存会による伝統的な慣わしが行われています。
大阪府大東市諸福1丁目の住宅街に囲まれた一角にある神社です。創建は1644年と歴史のある神社となります。元々は「菅原神社」という名称でしたが、平成初期の修復工事で創建当時の「天満宮」という名称であったことが判明、それを機会平成11年に現在の「諸福天満宮」に改称されました。この経緯については境内の石碑にも記録されています。神社としては比較的小規模で建物は拝殿と手水舎ぐらいに留まります。なお、地元の"東諸福地車保存会"の地車(だんじり)が同敷地内の倉庫に保管されており、例年のお祭りではここから地車が曳き出されます。それに併せて境内では保存会による伝統的な慣わしが行われています。
大東市の中でも、最大級の広さを持ってる気がします。周りにはお寺も多いし、神仏習合の名残りでしょうか?
この神社で記憶に残るのは本殿しかない。修理はされたが、寛永二十年築の権現造の建物が素晴らしい。また旧名の菅原神社から元の名、天満宮に改名したのも賢明である。
| 名前 |
諸福天満宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~17:00 |
| HP |
http://osakadai3shibu.kilo.jp/jinja/daitou/jinja/morohuku.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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大阪大東市諸福町にある諸福天満宮。