霊夢に導かれた安養寺の静謐。
州見山 念仏院 安養寺の特徴
天平8年に創建された歴史深い寺院です。
行基菩薩が彫った一刀三礼荒木尊像が本尊です。
奈良街道沿いに位置し、アクセスが便利です。
州見山 念仏院 安養寺安養寺は仏教最盛の時代、天平8年に聖武天皇が寵愛した僧侶である行基菩薩が、霊夢により導かれたこの地に自らが彫った一刀三礼荒木尊像を本尊として安置し創建された。当初は州見山阿弥陀寺と号していたが、知恩院第36世の尊空上人により現在の安養寺の号を附せられた。法然上人が一枚の紙に「南無阿弥陀仏」と六字の御名号を記し、傍らに在った大きな石と重さを天秤で比べた。不思議なことに石は次第に上がり御名号はついに地面についてしまった。これを目にした一同は、異口同音に念仏を高らかに唱えたという。この後法然上人は近くにあったこの安養寺において二日三夜のお勤めを果たした。
奈良街道沿いにある。 由緒は そこそこあるようだが、 由緒書きそのものが風雨にさらされてほとんど読めない。 境内の阿弥陀堂などはかなり新しく、 再建されたようだ。 石地蔵などが配置されており 全体が あまり古さを感じさせない。
| 名前 |
州見山 念仏院 安養寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0774-72-1326 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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法然の高弟、安楽房遵西が再興した寺。安楽房遵西というと、五木寛之のベストセラー小説「親鸞」で美声と美貌の僧侶として登場して前半で親鸞のライバル的に描かれています。色々行き過ぎて念仏禁止令となり、安楽房遵西は小説内には死罪となってましたが、実際には処分を受けただけで、安養寺を再興して中興の祖となるくらい堅実にやっていたのですか。久しぶりに安楽房遵西の名前を見ましたが、あの小説は面白かったですね。そして、小説とは違う結末を見つけたのもまた楽しいですね。