信楽高原鉄道の慰霊訪問。
信楽高原鐵道列車衝突事故慰霊碑の特徴
新名神高速道路の信楽インター正面に位置しています。
信楽高原鉄道の衝突現場に建てられた歴史的な慰霊碑です。
アクセス良好で、車を停められるスペースがあります。
やっとこの場所に慰霊訪問出来て感無量です。綺麗に整備されていて、事故被害者の皆様は救済されたと思います。近くの信号交差点から駐車場に入れます。車を降りたらIC方向に側道を数分歩いたら着きます。
地元で当時5歳でしたが、鮮明に覚えています。本当に悲惨な事故でした。亡くなった信楽高原鐵道の運転手さんは会話も交わした事のある方でした。
新名神高速道路の信楽インターの交差点正面にあります。駐車場は交差点から貴生川寄りに100mほどいったところにあります。紫香楽宮跡駅からは国道307号線を歩いて10分ほどですが、慰霊碑近く以外は歩道がないので注意が必要です。
3回目にして初めて昼の時間に訪れることが出来た。平成3(1991)年5月14日10:35頃、JR西キハ58(3両編成)臨時快速と信楽高原鐵道SKR200(4両編成)が正面衝突し42名の犠牲者を出した事故現場。現在では慰霊碑の建立に合わせて見通しが良くなっているが、当時は木々に視界が遮られるカーブであった。現在は新名神高速道路の信楽ICの出入口に位置する場所となり、事故当時の面影は残ってはいない。信楽高原鐵道に乗っていれば汽笛のタイミングで分かるようだが、車ならばまず分からない。また駐車場がないと書かれているものもあるため、余計に訪れ難い場所のように思えているようにも感じる。国道307号線を水口方面から来れば、インター手前の左側に数台車が停められるようになっている。今では信楽高原鐵道の運行自体一編成が往復しているだけに過ぎないが、そうなった理由がこの場所にあると感じ取って欲しい場所であった。
数件前にこの地を何も知らずに通過しました。信楽方面へ向かう途中、左カーブの途中で長笛吹鳴。後からまさに乗車した列車のその日その時間に正面衝突事故があったと母や知り合いから聞かされました。被害に合われた方。乗員、乗務員のご冥福をお祈りするばかりです。
R3.5/14 の30周年祈念の日に訪れました。完全に部外者なので外から見ているだけでした。大きな警笛を鳴らしながら下り列車が通過していきました。慰霊碑には近づけなかったので(当然)普段の日にまた来ます。列車の本数が少ないため時刻を調べてから訪れることをおすすめします。通過時刻は紫香楽宮跡駅の到着時間から前後3分ほどずれた時刻です。あまり長時間滞在する場所ではないかもしれませんが、近くにコンビニ等は無いです。
車停めれる所あります。
新名神を信楽インターで降り、国道307号線に入ろうとして信号に引っ掛かると否応無しに石碑が視界に入る、このアクセス道路の起点周辺があの凄惨な正面衝突現場だったと言う事を否応無しに認識する。新名神開通前は貴生川から関西方面へ307号線を頻繁に利用していたから、とっぷりと暮れた後には小さなお堂に灯明がともる様子を横目に見ながら通過していた事を思い出す。そもそも乗客を捌く事より安全に輸送する事が最優先とする思想が根底に有れば防げ得た事故なのではと考えてしまう、極論だろうが。なお、この事故の一方の当事者は十数年後に、この時の倍以上の犠牲を伴う事故を起こしている。合掌。
信楽高原鉄道の列車の衝突現場。単線であったために回避出来るはずもなく、正面衝突にて多大な死者を出した。JR西日本との連絡ミスによるものではあるが、慰霊碑を建てたとは言え、亡くなった方の御遺族の方はやりきれない思いだったと思います。私は霊感が強いせいか前を通る度に亡くなった方の苦しむ声が未だに聞こえます。改めて御冥福をお祈り致します。
| 名前 |
信楽高原鐵道列車衝突事故慰霊碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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仕事で水口方面から信楽に向かう途中に前を通ります。何とも居た堪れない感情が湧いてきます。