成蹊学園前の歴史ある清風荘。
岩崎小弥太 鎌倉別邸の和風門の特徴
成蹊学園の敷地内に位置する歴史的な和風門です。
岩崎小弥太元理事長が創設に寄与した由緒ある場所です。
昭和14年に移築された正門で、地域の名所となっています。
鎌倉市民として、興味がありましたので調べてみました。鎌倉市内にある歴史文化交流館は。以前、岩崎岩崎小弥太が、母親のために鎌倉の谷戸にある広大な土地に造った別荘というよりも、別邸でした。その地には、和風の門がありましたが、、現在は成蹊学園の敷地内に移築されたと聞きました。
成蹊学園の中学校と高等学校の校舎が建っている敷地は、岩崎小弥太氏所有の「岩崎農園」があった場所で、「清風荘」と呼ばれる数寄屋造りの建物がありました。その敷地が、成蹊学園の敷地として寄贈されて、今は成蹊学園の中学校と高等学校の校舎が建てられています。この門は、鎌倉の岩崎別荘にあった門が移築されたもので、清風荘の一部ではありませんが、「清風荘」を偲ぶ名残として残されています。今は、バス停の目印になっています。ちょっと立派すぎますが、三菱財閥総帥である岩崎小弥太は、成蹊学園の理事長を務めており、校内には、その功績を称える記念のレリーフもあるようです。
門のみ残されており、前面は道路、後面は成蹊学園の駐車場となっています。
| 名前 |
岩崎小弥太 鎌倉別邸の和風門 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
〒180-0001 東京都武蔵野市吉祥寺北町5丁目1 扶桑通り |
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
三菱財閥の4代目の岩崎小弥太が、成蹊学園の前身である私立成蹊実務学校の創設に寄与したことから、成蹊中学・高等学校の西門、扶桑通りに面して建っていて、これは、昭和14年岩崎小弥太元理事長の鎌倉の別荘の正門が移築されたもので、ムーバスの停留所名にもなっている。