難攻不落の国吉城跡へ。
若狭国吉城址の特徴
佐柿国吉城は若狭武田氏の重臣が築城した歴史的な場所です。
続日本100名城の139番目に認定されている魅力があります。
若狭国吉城歴史資料館でスタンプを押せる特典が楽しめます。
平日の午前に訪れました。車で向かい、案内所横の駐車場を利用しました。ここの駐車場は結構広いです。案内所内には全国の様々な御城印帳が閲覧できます。御城印帳好きは一見の価値ありです。案内所の裏から本丸跡まで登り道が続きます。熊除けフェンスをセルフで開閉してひたすら階段を登ります。片道20〜30分とありますが、健脚な方でしたら15分で登ると思います。本丸跡からの若狭湾の眺望は最高でした。本丸跡から100mくらいは階段が無いので、悪天候時は滑らない様に注意が必要です。案内所30分、城跡1時間くらいで回れると思います。
要衝·佐柿国吉🏯を攻略❗名古屋から休憩込み2時間半、930時に到着。麓の資料館🅿️に車を停め、往復1時間。空堀や石垣等遺構は良く整備はされているものの、つづら折りの登り坂は中々キツイかった〜。(トレッキングポール推奨)でも、途中に本丸迄の距離を示す標識があり、希望の光になりました(笑)本丸からは日本海(美浜の海)と旧丹後街道が見え、立地の良さを実感。帰りは資料館へ。戦国時代の軍事拠点から江戸時代は小浜藩との藩境の要所、若狭街道の物流の拠点としての佐柿陣屋として変遷していった様子が良く判りました。🏯攻めの後は敦賀市へ。昼ごはん(千束そば)敦賀観光(氣比神宮·敦賀ムゼウム·鉄道資料館) ♨️(リラ・ポート)と充実の1日でした❗
昔、豊臣秀吉や織田信長が訪れた難攻不落のお城。資料も見応えがありました。JAF会員は半額の50円で入場できます。
念願の続100名城、難攻不落の国吉城跡に、来れました。朝から、熊川、後瀬山、小浜と巡り、本日のメインイベント。資料館にて、座学と、休憩トイレも済まし、いざ参る。麓は、居館跡が広がる。石垣が埋もれ気味ですが顔覗かせる。登城口めざして、柵前から見上げる山側、連なる階段に、これは、中々手強そう。柵開け、九十九折階段を休憩しつつ、登る。人気の城跡、下りて来る人いれば、後ろから続く人あり。皆さん志を共にする同士達、心強い。伝二ノ丸跡にて、一旦、郭内に分け入る。余り、こちらに寄る人は少ない。曲輪に、土塁と良いものある。尾根筋戻り、本丸を目指す。手入れよく、木々は刈り取られ、道中、気分良く進む。でも、流石にシンドい。もうすぐ、本丸。土に埋もれた、石垣も顔を覗かせ、本丸と二郭曲輪群の間の堀切、ここも埋もれた石積。いよいよ本丸。石垣ガードの虎口抜け、到達。街道筋が、右も左も見渡せ、流石の立地条件の風光明媚のこの位置付け。朝倉さんも、躍起になって攻め立てようですが、遂に落とす事叶わず。気持ちのいい場所でしたね。山城とは、かくあるものです。
佐柿国吉城を見学し、戦国時代の山城の迫力と工夫に強い感銘を受けた。実際に登城してみると、急な斜面や複雑に配置された曲輪、堀切などが随所に見られ、当時の防御の知恵を体感することができた。特に、本丸跡からの眺望は素晴らしく、この地が重要な要衝であったことを実感した。静かな山中に残る遺構からは、かつての緊張感や歴史の重みが伝わり、教科書だけでは得られない貴重な体験となった。今回の見学を通じて、戦国時代の城の役割や築城技術への理解が一層深まった。
「難攻不落の山城」標高197mにある城跡です。本丸に辿り着くのはなかなか大変です。遊歩道はしっかりと整備されています。1563年から何回も朝倉勢がこの急峻な山を攻め登るのは苦労したはず、その後も難攻不落の山城は落とされることはなく、1570年 織田信長は守り抜いた城主の粟屋勝久の武勲を賞賛。本丸からの眺めは素晴らしく、戦国時代に思いを馳せる事ができます。続日本百名城〈2021年〉
麓から歩いて20分。麓に杖もあります!見どころは少ないですが、道は整備されていてきれいでした。本丸からの景色は最高です。
続日本100名城ですスタンプは麓の歴史資料館(有形文化財)にありますパンフレットがあるので先に寄った方が良いですトイレも借りられます国吉城は朝倉軍の攻撃を10年に渡り跳ね返したという堅城で、織田信長公が朝倉攻めに向かう時に滞在し、褒め称えというお城です麓に居館跡の遺構があります獣柵を開けて登ります熊に出会ったら直ちに下山するようにという注意書きがありますツズラ折れの山道を20分程度登りますここキツかった~😵さすが、難攻不落の堅城だと思い知らされます💦💦頑張って登ると登城路から少し外れて伝二の丸の土塁が見えてきます土塁に沿って進むと食違い虎口です二の丸から登城路に戻り少し登ると右手に帯曲輪の石垣が見えて視界がパッと開けます左側に連郭曲輪の段々が見えて、右側が帯曲輪、本丸切岸ですこの切岸の下に石垣があり、正面に堀切があります本丸の虎口は良く残ってます海を一望できる景色は素晴らしいです山登りですトレッキングシューズでトレッキングポールがあると良いです水分忘れずに❗
永年、続100名城巡りをしている一貫で佐柿国吉城を訪問した。天気に恵まれまだ桜が残っており、山頂から見える若狭湾はとても綺麗でした。山城にしては登城ルートがかなりしっかり整備されており、駐車場横の資料館共に地元が力を入れているのがよく分かる。また、最近のコメ不足の折、近くの若狭美浜・道の駅で福井産のコメが買えたのはラッキーだった。流石は米どころである。但し、昼飯は道の駅内の店は高いので、車で20分程で行ける敦賀市内の店をお奨めします。福井名物ソースかつ丼のチェーン店に入ったが、カツよりもお替り無料のアサリ汁が旨くて驚いた。
| 名前 |
若狭国吉城址 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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国吉城(福井県三方郡美浜町)弘治2年(1556年)若狭国守護大名・武田氏の重臣であった粟屋勝久が、古城を改修して築城。1563年〜1573年にかけて、越前朝倉氏の猛攻を10年近く防ぎ続けた「難攻不落の城」として知られる。元亀元年(1570年)、織田信長が朝倉氏を攻めの際に国吉城を本陣とした。以降、勝久は織田家臣として転戦。豊臣政権下では木村常陸介などが城主を務め、城下町「佐柿」を整備。江戸期、寛永11年(1634年)、酒井忠勝が小浜藩主として入部した際、佐柿に町奉行所が置かれたことで国吉城は廃城。歴史資料館(あいにく休館)近くに無料駐車場があり、居館付近が登り口。鉄柵を通過し土塁などみられる二の丸、本丸下部に石垣、堀切を挟んで北西側に細長い階段状の曲輪群、東に平坦な眺望のよい本丸、本丸は石垣、虎口、櫓跡、土塁などが見られる。陽光山 徳賞寺(1563年 勝久開基)に粟屋勝久の墓といわれる五輪塔があります。整備された登山道で案内板も充実して、主郭曲輪などは散策しやすく木々と草の緑のコントラストがきれいだった。