飛鳥村唯一の前方後円墳、欽明天皇陵。
梅山古墳(欽明天皇陵)の特徴
明日香村唯一の前方後円墳で、古墳時代を感じることができます。
綺麗に整えられた堀や古墳群が近くにあり、歴史的な散策に最適です。
第29代欽明天皇が埋葬されているとされ、神秘的な雰囲気が漂います。
階段付き古墳です。飛鳥にはあまりない前方後円墳ですが、宮内庁管理のため未調査なので、詳細な築造時期は分かりません。日本書紀によると欽明天皇の妃の堅塩媛も合葬されたようですが、皇族出身でないからか制札には記載はありませんでした。ちなみに堅塩媛は蘇我稲目の娘です。
近鉄飛鳥駅から道路沿いをしばらく歩くと石碑があり階段を登る上がり切るとまた一直線に降り欽明天皇陵が見えたお堀は広く綺麗に整備されていた。
駐在されてる宮内庁の方に尋ねると丁寧に色々教えてくれました (*ˊᵕˋ*)
駐在されてる宮内庁の方に尋ねると丁寧に色々教えてくれました (*ˊᵕˋ*)
2024年8月16日に参拝しました。解説板によると、陵墓名は、檜隈阪合陵(ひのくまさかあいのみささぎ)です。29代欽明天皇は、継体天皇の子で、在位期間は、宣化4年539年から没年の欽明32年571年までです。陵墓の全長約140m、3段築成で周濠が有ります。明日香村内では、唯一の前方後円墳なのだそうです。欽明天皇の妃であり、推古天皇の母である堅鹽姫(きたしひめ)は、推古20年612年に亡くなられ、この陵墓に合葬されています。
飛鳥時代に多い丘陵の南斜面を「冂」字形に削り出して三方が山で囲まれたタイプの大変珍しい前方後円墳です。拝所は普通に方墳の西側に有りますが造られた当時は南側からの側面が正面だった事が良く分かる造りになっています。陵墓で埋葬施設の調査はされていないので不明ですが羨道の長さ20〜30mの巨大な横穴式石室で未盗掘だと推定されています。周溝の調査では石舞台古墳そっくりな葺石(貼り石)も見つかっていて蘇我稲目の墓ではとの話も出ています。宮内庁では被葬者は仏教伝来のあった欽明天皇と妃である蘇我堅塩媛の合葬墓と治定されています。両者には半世紀ほどの差があり堅塩媛は飛鳥時代に推古天皇が追葬しています。奈良県最大の丸山古墳で2基の石棺が見つかっているので丸山が欽明陵だとの話も有力です。丸山古墳の葬られていた欽明天皇を堅塩媛の追葬を機に梅山古墳に改葬したのでは?とも思えますがこれからも謎のままなのでしょう。父の継体天皇の即位は源頼朝が天皇になったような話なので王位継承の意味でも大和古墳群から始まる前方後円墳が再び大和に戻り仏教が拡まる中で巨大古墳が終焉を迎える点で見逃せない立ち位置の古墳です。推古天皇が欽明陵を祖廟としていたとの話もあるので円墳や方墳が一般化していた当時に敢えて復古的な前方後円墳を採用した感も有りそうです。駐車場有り国営飛鳥歴史公園の『飛鳥歴史公園館』からは徒歩10分ほどです。
2024.01.20明日香村で唯一の前方後円墳で欽明天皇の陵墓とされる。水を湛えた立派な濠が印象的で大きな規模だ。衛星写真で見ると半分は水濠ではない。宮内庁マターのため、墳墓内には立ち入ることはできない。欽明天皇の陵墓と確定されたわけではないか、発掘調査ができないため私の生きてるうちにはわからないだろう。
明日香村には珍しい前方後円墳。飛鳥歴史公園館から徒歩10分ほど。近くには猿石で有名な吉備姫王墓もある。宮内庁が管理している。
百済から仏教が伝わった時代の天皇ですが、そこまで学校で教えないので、欽明天皇を知らない人が多いかもしれません。猿石に近いので、涼しい季節の休日は人が多いですが、飛鳥の史跡は自転車で巡るのが一番良いです。
| 名前 |
梅山古墳(欽明天皇陵) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0744-22-3338 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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奈良に遍在する天皇陵の一つです。欽明天皇の陵墓とのこと。ただひたすらに静かにゆっくりと時が流れてます。