古代豪族の足跡、和珥坂下伝承地。
和珥坂下伝承地の特徴
古事記や日本書紀に登場する和邇坂下の史跡です。
現地には電線と墓が点在しており独特な風景が広がります。
和珥坂下伝承地は歴史を感じることができる場所です。
和珥坂下傳承地。古事記、日本書紀に記載された伝承地です。神武天皇、応神天皇、崇神天皇たちがかかわってる地です。
電線と墓だらけ。
「上つ道/万葉の道」巻二十四の二の一 奈良県天理市和爾町和珥坂下伝承地和珥氏(わにうじ)は5世紀から6世紀にかけて、奈良市から天理市櫟本町のあたりを本拠として大勢力を誇った古代豪族です。おおよそ名阪国道より南は「物部氏」という朝廷の軍備を司った豪族の所領となり、崇仏・排仏の考え方の違いにより蘇我氏と対立する構図が形成されてゆきます。大和朝廷と姻戚関係を結び,多くの后妃を輩出したことは歴史の授業では意外と知らされていない史実で(記紀の,欠史八代のうちの綏靖,孝霊,開化の后妃に対しては諸説あり)、同様の臣姓豪族である葛城氏,蘇我氏よりもさらに多くの后妃を出しています(武内宿禰の孫娘の葛城磐之媛は有名です)。南の東大寺山古墳や赤土山古墳、さらに和爾下神社を訪れてその痕跡を探しにゆきましょう。
古事記や日本書紀には、和邇坂下(和珥坂下)あるいは和邇坂とよぶ地名があります。日本書紀神武天皇に関する記述には「和邇坂下に巨勢祝(こせのはふり)という者あり」とあります。これは神武天皇が大和を平定した際に逆賊として倒された巨勢祝という土豪が、和邇坂下に所在していたことを示しています。
| 名前 |
和珥坂下伝承地 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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住宅地から畦道にそれて茂みの方へ歩くのですが、ちょうど村人が畦の草を刈って下さっているところで、すぐに到達できました。草刈前だったら、多分畦に入って行けなかったかもしれません。小さな村落に、日本の古い歴史がこっそり佇んでいることに感動します。