歴史深き三峰神社で心を込めて祈りを。
三峰神社の特徴
御祭神として伊弉諾尊と伊弉冊尊をお祀りしています。
伊勢町通りに位置する三峰神社で家内安全を祈願できます。
1625年に勧請された歴史ある神社です。
家内安全、火除、災難除をお願いしました。2024.07.06
現在の中央二丁目交差点から中央一丁目交差点まで続く伊勢町通りは、岐阜県高山市とを結ぶ野麦街道、新潟県糸魚川市とを結ぶ千国街道が交わり、かつては陸路を通じて塩や海産物などが運ばれていました。女鳥羽川の南にある本町通り、中町通りとともに、商都として発展してきた松本の市街地のメインストリートの一つでございます。深志神社の境内には、深志神社の氏子町会となっている町の守り神、様々な職業の守り神も祀られています。「神牛舎」の東隣に祀られている『三峰神社(みつみねじんじゃ)』もその中の一つ。深志神社のウェブサイトには掲載されていませんが、傍らの案内板には、伊勢町一丁目 三峰神社・御祭神伊弉諾尊(イザナキノミコト)伊弉冊尊(イザナミノミコト)・例祭日六月下旬~七月上旬・埼玉県三峰神社本社より、寛永二年(一六二五年)に勧請。古くは伊勢町町内で祀られていたが、現在では伊勢町一丁目の守護神として、深志神社境内に祀られる。家内安全、火除、災難除の神様として崇敬されています。…と記されています。伊勢町一丁目は、北はマッブで市道2820号線と表示される道路、南は旧松本パルコの建物の北半分、西は伊勢町交差点付近、東は本町通りと伊勢町通りの分岐点である中央二丁目交差点の西の交差点を境とする地区のこと(「松本市ハザードマップ(防災マップ) 1第一地区」より 5月13日閲覧)。『寛永二年(一六二五年)に勧請。』とあることから、こちらの神社の始まりは江戸時代前期の1625年(寛永2年)頃。1617年から1632年までの松本藩主で、江戸幕府の三代将軍・徳川家光の守役をつとめていた松平康長(戸田康長)の時代に、現在の埼玉県秩父市三峰にある三峯神社の分霊として祀られたものということになるようです。こちらの御祭神は、イザナギとして広く知られる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、イザナミとして広く知られる伊弉冊尊(いざなみのみこと)。イザナギとイザナミは、日本の神話において日本列島にあたる土地を生み出したと伝えられる国生みの神。さらに、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などを生み出した神生みの神でもあり、天皇の祖先と言い伝えられているとか。夫婦で祀られている神でもあり、南松本駅の東側にある「多賀神社(多賀社白山社諏訪社雙殿)」にも祀られているそうです。2023年12月25日、深志神社へ参拝した時に訪ねました。三峯神社周辺は古くから霊山として信仰されてきた地域で、狛犬の代わりに山犬(※)の像が祀られていることでも知られているそうですが、石柱の上に小さな社殿が乗った状態で、割とこじんまりとした感じの神社でございました。※「山犬」というのは、かつて日本列島に生息していたニホンオオカミのこと。神の使いとしてはお犬様や御眷属(ごけんぞく)様ともいい、イノシシやシカなど田畑を荒らす害獣除けの神、さらに火災や盗難などの災難除けの神として信仰されてきた。日本武尊(やまとたけるのみこと)による東国平定の際、国の平和を祈って三峯山にイザナギとイザナミを祀る仮宮を建て、三峯山の案内をしたのが山犬と伝えられている(三峯神社公式サイトより2025年11月3日閲覧)。
伊勢町一丁目 三峰神社御祭神:伊弉諾尊(イザナキノミコト)・伊弉冊尊(イザナミノミコト)縁起:埼玉県三峰神社本社より寛永二年(1625)に勧請。古くは伊勢町町内で祀られていたが、現在では伊勢町一丁目の守護神として、深志神社境内に祀られる。御神徳:家内安全・火除・災難除け。
| 名前 |
三峰神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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小さな三峯神社です。