河内源氏ゆかりの壷井八幡宮。
壺井八幡宮の特徴
河内源氏を祀る由緒正しい神社で、源義家が愛用した黒韋威胴丸があります。
壺井八幡宮は羽曳野の小高い丘に位置し、綺麗な庭園の雰囲気が魅力です。
約50段の長い階段を登った先で出会う神社は、訪れる価値が高いスポットです。
夏にも行きましたが秋は紅葉が本当に綺麗でした。また、社務所の方もいつでもいらっしゃるわけではありませんでしたがとても親切でした。河内源氏由来の由緒ある神社です。
駐車場は2箇所あります。いい雰囲気の石の階段があります。登った右手には クスノキの大木があります。
羽曳野市南部の静かな集落の中に鎮座している神社です。紅葉がとても綺麗な時に参拝することができました。2024/11/30参拝。
壷井八幡宮には壷井水の南側50メートルにある東西に走る道が一番行きやすいです。府道27号線(柏原駒ケ谷千早赤阪線)真っ赤な鉄のクレーンがある工場の信号のない三叉路から東に入り(三叉路の東角の所に縦書きの壷井八幡宮の看板あります)突き当たりが左が八幡宮です。無料駐車場は壷井水の東隣にあります。6~7台位は止められそうです。また、壷井水を過ぎ坂を上ると壷井公民館の南隣にも駐車場があります。4~5台ほど止められそうです。こちらが階段を上らなくて楽です。トイレは公民館の南の駐車場の右側にありました。とてもキレイな八幡宮です。紅葉には少し早かったので色づいていませんでした。2024年10月末です。境内の御神木、壷井八幡宮のくすが素晴らしです。樹齢千年と紹介されています。
22.11.6通法寺跡から歩いて15分でしたが10台程の駐車場が有りました。急な階段の小山の上に在ります。、境内は手入れの行き届いた樹木や本堂の景観は素晴らしいでした。この台地は1020年に源頼信が河内守に赴任 直後、河内源氏の本拠と定めました。一ノ鳥井前に手水舎が在りますが 清泉壺井の説明書きに壷井の云われか書いて有りました。前九年の役の際、天喜五年 (1057) に東北地方の戦地へ赴いていた、源頼義とその子の義家が大かんばつのため飲み水に困り果て、敗北を余儀なくされようとしていました。そのときに、頼義が馬から降りて着用していた鎧を脱ぎ、天を仰いで祈念し、自ら弓矢を岸壁に向かって射たところ、そこから清水が湧き出して渇きをいやすことができたといいます。戦に勝利して、この清水を壺に入れて持ち帰り凱旋したときに、井戸を掘りその底に壺を埋めて壺井水と称したといわれています。武門の代表とされる河内源氏の氏神として、 武家に厚く崇敬されていました。宝物には、義家が愛用したとされる 「黒韋威胴丸」(重要文化財)、天光丸の太刀 (重要美術品), 木造八幡三神座像や若宮神坐像(大阪府指定有形文化財)などがあります。境内は大阪府史跡に指定され、境内西側には義家の子の義時が、 頼信、頼義、 義家の御霊を祀った壺井権現社が鎮座しています。また、樹齢1000年ともいわれるクスノキの巨樹がそびえ立ち、 大阪府天然記念物に指定され、 「大阪みどりの百選」にも選ばれています。 壺井八幡宮の南方には、 河内源氏に縁のある史跡通法寺跡、源頼信、頼義、義家の三代の墓や源氏館跡の碑などがあります。
境内の壺井権現は近くに墓もある源頼信、頼義、義家を祀る。源氏嫡流の新田流(義家の子義国から)の系図を捏造した徳川家の働きにより源氏初代経基の六孫王神社、満仲の多田権現とともに江戸時代に正一位を受けた。それにしてもむかし行った時よりすごい立派になっとる!
源氏の棟梁源頼朝、末は足利氏、徳川氏と連なる河内源氏発祥の地壺井に存する。源氏三代、源頼信、頼義、義家の居住地。喜志駅で借りたレンタサイクルで20分ほど。
長い階段あり、横にも獣道のような坂があるが、子供高齢者にはムリ。他に神殿のあるところに、行ける通路があるか、確認未。禰宜さんか、宮司さんか、わからないが、とても人当たり良く、親切な人であった。
河内源氏3代墓所巡りの最後、初期の鎧漆塗りの物所蔵?後は維持にお金を出してくれた人々の名称が少し目に付く位。山の方に源義家墓は有りましたが神社は少し川の方へ河内源氏と言っても飽くまで京都が主要住居で此方は別荘?参勤交代の領国?広く川と田畑果樹園が拡がりここで武家の棟梁たる大軍勢や強靭な身体能力が培われた訳ではなさそうでした。駐車場は空地が無いわけではなさそうでしたが念の為近鉄線駅傍の有料駐車場に停めて35分位歩きました。
| 名前 |
壺井八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
072-956-2824 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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源頼信〜頼義が創建という、河内源氏ゆかりの地です。