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延宝5(1677)年水戸光圀が生母谷久子の菩提寺として開山。天和3(1683)年には、三昧堂檀林(僧侶の学校)を設立。最盛期には塔頭12宇、末寺8ヶ寺を擁する大寺院となり、三千人もの学僧が学んでいたと云う。しかし、幕末期の藩内の混乱、明治維新時の排仏毀釈、廃藩置県による水戸藩の消滅によって急速に衰退・荒廃す。明治3年には末寺であった蓮華寺(現在の常陸太田市新宿町)に移転することでなんとか存続を保ちました。しかし、小さな茅葺屋根の蓮華寺の本堂には、残った仏具も満足に置けなかったそうです。案内板があるので、久昌寺跡に行くことは難しくはありません。しかし・・・七大伽藍を誇ったあの久昌寺は。石碑が一つ。傍らに説明板が一つ。それ以外に見えるものは枯れ果てた藪ばかり。