圧巻の大銀杏風景、見逃せない!
丹生酒殿神社の特徴
大銀杏の樹齢800年、圧倒的な存在感を放つ神社です。
12月初旬までのライトアップは特に美しく訪れる価値があります。
駐車場が整備されたことで、アクセスが便利になりました。
この神社は裏にある鎌八幡宮を見ておくべきです。秋はイチョウが素晴らしいそうですが帰省で冬に来たのでみれなかったです。
美しい大イチョウの黄葉を観に行ってきました。たくさんの人がきてましたが、時間差でできるだけ人が写らないような努力をしましたが、あいにくと曇天で、ほんまもんの綺麗さを誇る大イチョウを観ることはかなわなかったが、それでも圧巻の姿は、記憶に残る迫力がありました⭕👍
とても大きな銀杏の木が色づいて とても綺麗でした! 土曜日の昼頃に行ってきたんですが、とても人が多く写真を撮るのに少し苦労するかもしれません💦ゆっくり見たい人は平日に行くことをオススメします。近くに無料の駐車場があるのですが、それだけじゃ足らなくて臨時の駐車場も用意してくれてました✨
イチョウを見に行きました。丁度良い具合に紅葉する時に合わせて行くのが難しい!12月7日は上の方が散ってました。たまたまお祭りのようなイベントが、開催されてました。
とても大きな大銀杏ライトアップしていてすごくきれいです。出店などはでていませんが 見るだけで満足❗無料の駐車場があり 自販機やきれいなトイレもあります。
インスタに丹生酒殿神社の銀杏の木が今見頃と言う事なので早速見に来ました🎶なんと見事な銀杏の木なんでしょう。イチョウの絨毯が素晴らしく綺麗やし何時までも見ていたかったです🎶
12/2 18:00頃訪問すぐ近くに20台程停めれそうな無料の駐車場と綺麗なトイレがあります。銀杏は想像してたより遥かにデカくて驚きました。まさに今が見頃で綺麗に色づいてます。暗くなってたからか観光客も10人程しかおらず、ゆっくり鑑賞することが出来ました。
11/20 17:30頃 訪問。大銀杏はまだ完全に色付いておらず。今週末の連休が見頃かな。連休明けも葉が散り出して、また別の美しさを見せてくれそう。風もない静寂の中あまりの居心地の良さに1時間近く眺めてしまった。
丹生都比売神社は有名ですがこちらの神社も重要な神社です由緒丹生都比売大神が降臨したと伝わる榊山の麓に鎮座する。社伝によると、榊山一体は、原初、先祖霊を祭祀する聖域だったと伝わる[5]。神代の昔、三谷[注 4]の裏山(榊山)に、丹生都比売大神が降臨し、丹生都比売大神の御子神の高野御子大神と百二十の眷属を従え降臨し、共に大和地方や紀伊地方を巡幸し人々に農耕や機織り、糸紬ぎ、煮焚等の衣食に関わる事を教え、最後に天野[注 5]に鎮座したとされ、丹生都比売大神が紀ノ川の水で酒を醸した事で、丹生酒殿神社と呼ばれるようになったと伝承される。あるいは榊山の地主神である竈門明神が酒を造り、初めて神前に供えたからとも伝わる。「紀伊続風土記」には「大和丹生川より榊を持して、この地七尋滝(境内裏手)に降臨された」と記されている。かつて皇室からの尊崇が厚く、応神天皇からは御神領、後嵯峨天皇から位階勅状、後醍醐天皇からは和泉国木島荘園(現、貝塚市)寄進の綸旨、1334年(建武元年)には和泉国麻生郷(現、貝塚市)を祈祷田とする綸旨を賜ったと伝わる。また鎌倉時代、江戸時代に造営時、領主や藩主から幣帛料を受けたと記録に残る。政府の小社合併制作により、909年(明治42年)に兄井村(現、和歌山県伊都郡かつらぎ町大字兄井)に鎮座する鎌八幡宮を合祀。この時、鎌八幡宮横の諏訪明神社も同時に合祀されている。1935年(昭和10年)に丹生都比売神社の摂社として合併されるが、戦後に独立し、現在に至る。祭神社殿に向かって右より•\t小祠:諏訪明神、八王子神•\t右座:丹生都比売大神(丹生明神) : 天照大御神の御妹神とされ、稚日女命ともいわれる[14]。•\t中座:高野御子大神 : 丹生都比売大神の御子神。狩場明神ともいわれる。高野山の名称は、この名が由来と伝わる。•\t左座:誉田別大神 : 鎌八幡宮祭神として配祀されている[14]、市杵島比売大神(厳島明神)。•笹踊り毎年8月16日に、笹に短冊で飾りを付けて踊りが奉納される。「酒」を「ささ」とよぶことから、笹(ささ)は酒を意味するとされる。榊山神社近隣地区の護国の英霊を56柱を祀る[5]。鳥居横に合祀されている護国の英霊の名を刻んだ石碑が建つ。鎌八幡宮•\t祭神:誉田別大神•\t元は讃岐国多度郡屏風浦(現、香川県仲多度郡多度津町)に鎮座する熊手八幡宮から、弘法大師が高野山に勧請したと伝わる[14]。勧請元の熊手八幡宮は弘法大師が自身の産土神としていた。その由縁は、弘法大師の母、玉依御前がその地の産土神である熊手八幡宮に子宝授与を祈願し弘法大師を身ごもった[15]、あるいは、玉依御前が大師を身ごもられた時、安産祈願のために参拝したなどと伝承されている[16]。明治維新後の神仏分離のおりに、兄井村(現、和歌山県伊都郡かつらぎ町大字兄井)へ遷座し鎌八幡宮(以後、「元宮の鎌八幡宮」と表記する)として祀られ、1909年(明治42年)に丹生酒殿神社に合祀され摂社、鎌八幡宮として祀られた[14]。無病息災、子宝や安産祈願、受験等、諸々の願かけの御利益があるとして広く信仰され、昔は大和(奈良県)、河内(大阪府)の信者も多かったと伝えられている[14]。丹生酒殿神社参道の二の鳥居は、元宮の鎌八幡宮から移されたと考えられ、合祀時に元宮の鎌八幡宮御神木に奉献(刺さっていた)されていた鎌を二の鳥居下に埋めたと伝わる。また摂社鎌八幡宮御神木前の石鳥居も、合祀時に元宮の鎌八幡宮から移されたもので、柱後方に「文化六巳年建立」「金光院真尊謙上」の銘がある。金光院は高野山一心谷にある行人方の格式ある寺である。願掛け(御神木への鎌の奉献)•\t本殿後方の境内地に鎌八幡宮の御神体である御神木の櫟樫(イチイガシ)があり、御神体である御神木に鎌を奉献(刺す事)し願掛けしていた事で知られる。但し、願掛けは、ポジティブな願いである心願成就等に関してのみであり、ネガティブな怨恨、縁切り等の願掛けは受け付けていない。また、2017年(平成29年)より御神木の保護の為、鎌を刺しての願掛けは行われておらず、絵馬による願掛けのみとなっている。鎌の奉献による願掛けは、1839年(天保10年)に紀州藩により編纂された「紀伊続風土記」に「祈願の者鎌を櫟樹に打入れ是を神に献すといふ 祈願成就すへきは其鎌樹に入ること次第に深く叶はさる者は落つといふ 」と記され、願い事がある者が御神木の櫟樫(イチイガシ)に鎌を打ち込み奉献し、鎌が深く入っていくと願いが叶い、鎌が落ちてしまうと願いは叶わないとされる。以上Wikipediaより。
| 名前 |
丹生酒殿神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP |
http://www.wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=4027 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
和歌山大学のかつらぎ町にある神社世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する資産「高野参詣道」の一つとして、丹生酒殿神社を含む「三谷坂」として登録されてます。参拝した時は誰も居なくて、無人でした。朱印は書き置きが置いてあり、500円を入金箱に入れるシステムでした。