行田市南河原の青石塔婆見学!
南河原石塔婆の特徴
扉付きの覆屋で石塔婆を見ることができる、貴重な体験が待っています。
覆屋に収められた青石塔婆は、その美しさで訪れる人を驚かせます。
行田市南河原の観福寺境内には、お堂に見間違える覆屋があります。
メインの二枚の板碑は扉付きの覆屋の中ですが鍵は開いてますので中に入って見学可能です。来迎図がハッキリ残っていて板碑好きにはおすすめします。この二枚の他にも覆屋の後ろに板碑が並んでいます。
覆屋におさめられた青石塔婆!説明は看板をお読みください🙂↕️
いい意味でかなり衝撃を受けた石塔婆です。想像していたよりはるかに立派なものでした。
行田市南河原の 観福寺 境内に、お堂と見間違える程の覆屋が建っています。屋内には国指定史跡「南河原石塔婆」と呼ばれる2基の大きな青石塔婆が立っています。詳細な解説板 (画像有) も表と内にあります。見た瞬間にとてもインパクトがありました。また、覆屋の横にも17基の板碑が並んでいて壮観です。
| 名前 |
南河原石塔婆 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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本堂に向って手前の左側に寄棟造りの覆屋(収蔵庫)があり、その中に南河原石塔婆が保存されています。左側は文応の板碑で文応2年(1261年)の銘があります。高さは約2.6メートルと大きく、阿弥陀如来の種子キリーク(梵字)が薬研彫りされています。キリークは写真②の画像なので、参考に①の実物と比べて下さい。その下には極楽浄土から迎えに来る様子を描いた「阿弥陀三尊来迎図」が刻まれています。石塔婆は、一ノ谷の戦いで討死した武蔵武士、河原太郎高直・次郎忠家兄弟の供養碑であるとの伝承があります。江戸時代の『新編武蔵風土記稿』などでも紹介されており、古くから名高い遺物です。今日此処に寄ったのは、石塔婆の色合いを再確認する為に寄りました。供養塔や板碑と言ったりしますが、秩父青石や青石ともいいます。※青石の表現で間違いでは無いですが詳しく表現している訳でもありません。其れは三波川変成帯は日本を大きく縦断し、関東から九州まで約800キロにわたって続く迚も広い帯状変成帯なのですが、緑泥片岩であり緑青がかった色合いから秩父青石や青石と云います。只、青石と言うと伊予青石や阿波青石や秩父青石があり、単純に青石と言っても色合いのイメージが緑で片理(石英質)が少ない物・緑でも青み掛かった物で片理がそこそこある物・青黒く(黒っぽい)片理がはっきり分かる物など様々です。と言いつつも、判断するのに紛らわしい青石が沢山ある事も事実ですから、青石を使っていたら説明書きがあればと何時も思ってしまいます。直接こことは関係有りませんが、青石と謂っても判断に悩ましい物があり、③から⑧の写真を貼付したので参考にしてください。 R8.5.3.