鳥居を潜り大門へ、歴史の息吹。
金鑚神社大門の特徴
鳥居を潜り進むと、立派な大門が迎えてくれます。
隣接する金鑚神社の別当寺である白蓮寺の総門でした。
金鑚神社大門は文化11年(1814)に建立された優美な門です。
金鑚神社の鳥居をくぐった先の正面に立派な門がありました。金鑚神社は左側になりますが、門の先にも神社があるのかなと期待していました。後で脇を通ったら門だけで、明治維新の頃に廃寺になった寺院の山門との事でした。
金鑚神社大門は金鑚神社の別当寺の白蓮寺の総門で建立は文化十一年(1814)と伝わる。本庄市指定文化財。
この大門は、隣接する金鑚神社の別当寺であった金鑚山威徳院百蓮寺の総門でしたが、明治維新後に威徳院が廃寺となったため、金鑚神社が管理保存しているとの事です。文化11年(1814)の建立と伝えられていて、各所に彫刻が配されています。
| 名前 |
金鑚神社大門 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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鳥居を潜り、真っ直ぐ進むと大門に行き着きます。大門は、もともとは金鑽神社の別当寺であった金鑽山威徳院白蓮寺の総門だったそうで、明治維新後に威徳院が廃寺となったため、現在は金鑽神社が管理保存しているそうです。色づけはされていませんが、こちらの彫刻も見事です。ところで、金鑚神社の鳥居は本柱の前後4箇所に控柱を持っていて、笠木の上には屋根が付いたどっしりとした構造になっています。両部鳥居、権現鳥居、枠指鳥居などと呼ばれているそうです。この鳥居は、主に神仏習合の神社や、徳川家康を祀る権現造の神社などで見られるそうです。 かつて金鑚神社は白蓮寺に併設されていたそうなので、この形式の鳥居が使われているのですね。あと、狛犬は拝殿の前に置かれることが多いように思うのですが、こちらは鳥居の前に置かれているのですね。神仏習合の名残で、鳥居が山門を兼ねているのでしょうか。下記は大門近くにあった説明パネルの内容です。金鑽神社の別当寺であった金鑽山威徳院白蓮寺の総門で、建立は文化十一年(一八一四)と伝えられています。明治維新後に威徳院が廃寺となったため、現在は金鑽神社が管理保存しています。 各所に彫刻が配された十九世紀初期の作風を示す優れた例となっています。