群馬の森公園で発見!
我が国ダイナマイト発祥の地の特徴
高崎市綿貫の群馬の森公園内にあり、静かな時間が流れる場所です。
明治12年に設立された陸軍岩鼻火薬製造所跡で、日本初のダイナマイト製造地です。
ダイナマイト碑付近では美しい紅葉が楽しめる、自然に囲まれた荘厳なスポットです。
あまり大きな石碑ではありませんが、「我が国ダイナマイト発祥の地」と刻まれた石碑があります。公園の博物館のある広場を通り過ぎた公衆トイレの裏側にあるので気づかなければそのまま通過してしまうことでしょう。この公園をあえて目的地としてたのはこの石碑を見るためでした。さらに石碑には「陸軍岩鼻火薬製作所跡」と小さく刻まれていました。陸軍岩鼻火薬製作所は高崎市の岩鼻町にあった陸軍の火薬工場で日本で2番目となる火薬製造工場でした。明治15年に黒色火薬の製造が始まりました。この地に火薬工場ができたのは東京との間に船便があり、水の利用ができた上に水車が利用できたためと言われています。明治38年には日本で初めてとなるダイナマイトを製造をするための工場が建設されました。以後、昭和20年の終戦まで陸軍唯一のダイナマイトの工場として稼働しました。終戦時の工場の規模としては工場の面積が32万5000坪、主要な機械が4000台、従業員の数が3956人、月に生産することのできた生産能力としてはG無煙火薬(ニトログリセリンの配合されたもの)が110トン、黒色火薬が32トン、ダイナマイトが180トンだったそうです。1945年8月15日伊勢崎市や玉村方面が空襲の被害を受けました。工場の周辺にも焼夷弾が投下されたものの、工場内に被害はほとんどなかったそうです。群馬の森は昭和49年に開園しました。公園内にはコンクリートで造られたさまざまな施設がありましたが、解体されてしまいました。しかしながら一部の施設は残されいてひっそりと隠れるような場所にあるためその場所だけは時間が止まっているように感じられます。この時に確認できたのは敷地を囲むように造られた土塁、工場内に出入りするためのコンクリートでできたトンネル、森の中に廃墟のようになって残されていた火薬工室などでした。他にも公園の東側には巨大なトンネルがあったりするようでしたが限られた時間の中では見つけることができませんでした。
我が國ダイナマイト発祥の地と刻まれた石碑があります。石碑の裏側には明治13年に建設が始まり、明治38年(1905年)にダイナマイトの製造を開始したこと、昭和20年(1945年)の終戦まで64年間にわたり火薬の製造が行われたことなどが記されています。近くには火薬製造所跡もあるので併せて見学しましょう。
高崎市綿貫の群馬の森という公園内にダイナマイト発祥の地、陸軍岩鼻火薬製造所跡碑があり、日陰で冬季は防寒対策を!井野川沿い東側の第二駐車場停車。
高崎市綿貫の群馬の森という公園内にダイナマイト発祥の地、陸軍岩鼻火薬製造所跡碑があり、日陰で冬季は防寒対策を!井野川沿い東側の第二駐車場停車。
ダイナマイト碑そばの紅葉が見頃でした!
木々に囲まれてゆったりした時間を過ごせる場所。
我が国ダイナマイト発祥の池にある石碑で、この地は明治12年に陸軍が火薬製造所を造り、ダイナマイトは明治38年に日本で初めて作った所だそうです。元の火薬製造所の遺構があちこちに残っています。南側は日本化薬㈱の敷地となり、真ん中は群馬の森として公園で、北側は高崎量子応用研究所になっています。公園内は高い木々があり夏場でも日陰は涼しいですかな⁉️
公園内にあります。涼しいので夏場の散歩にも良いです。
石碑のみが建っているが、日本の軍事遺跡として、平和の確認のための遺跡として活用したら良い。
| 名前 |
我が国ダイナマイト発祥の地 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
群馬の森という公園の芝生広場に建っている石碑です。「ダイナマイト碑」という標識がなければ通り過ぎてしまう(?)ほどひっそり佇んでいます。ここは、かって旧東京第二陸軍造兵廠 岩鼻製作所で各種火薬を製造していたのです。日本火薬の工場も隣接しています。碑文我が国ダイナマイト発祥の地陸軍岩鼻火薬製造所跡背面建碑記ここ岩鼻火薬製造所の歴史は明治十二年にはじまる。富国強兵、産業の振興をはかり近代国家の確立をめざした日本政府は火薬類の軍需民需の急増に応えるため烏川の沿岸に、当時としては唯一の動力源である水車の利用に適し、水利と水運に恵まれ、東京にも近いこの地に建設を決定した。明治十三年建設に着手明治十五年竣工、黒色火薬の製造を開始、施設増設、技術の革新ヲはかった。明治三十八年ダイナマイトの製造を開始して、わが国産業爆薬製造の発祥の地となった。昭和九年ニトログリセリン入り無煙火薬の製造を始めた。昭和二十年第二次世界大戦の終結による閉鎖にいたるまて六十四年間、ここで生産された火薬類は軍需のほか民間需要にも応え、わが国近代産業史に残した足跡は大きい。群馬県が明治百年の記念事業として、この地に「群馬の森」を開設し、新しい時代の役割を担う地と計画すると聞き、この地にゆかりのあるものを相図り、由来を述べて建碑の記とした昭和四十八年五月十三日旧岩鼻火薬製造所従業員・遺族・関係者有志一同ひとつの時代を記念するモニュメントですね。ひっそり佇んでいるのが奥ゆかしい。