古代の志摩国分寺で語る歴史。
志摩国分寺の特徴
由緒ある立派なお寺で、地域に密着した文化を守っています。
5月8日のお祭りでは地域や檀家が参加し盛大に盛り上がります。
住職が直接御朱印を手書きしており、訪れる楽しみがあります。
御朱印はいただけなかった。
8世紀中頃に建立された古代志摩国分寺は、現在の三重県志摩市にありましたが、応仁元年(1467年)に消失してしまいました。その後約20年後に再興され、現在の志摩国分寺として継承されています。そのため初期の国分寺跡はいまだに未発掘で遺構の確認はされていませんが、奈良時代の古瓦の出土により三重県指定史跡に指定されました。なお国分尼寺は発見されておらず、国府の場所は南の海岸沿いに推定されています。
安乗灯台へ向かう途中にあるお寺さんです。昔懐かしいお釈迦様の誕生を祝う花まつりを開催してました。参道には沢山の屋台が出店してました。
奈良時代天平13年(741)、聖武天皇の詔で一国一寺、国ごとに僧寺(金光明四天王護国之寺)・尼寺(法華減罪之寺)の二寺が国家の安泰、人民の幸せを願って建立されたのが国分寺である。志摩国分寺も建立された当時は厳然とした七堂伽藍もあり、八丁四方に及ぶ広大な面積を有し田の寺領も2町歩もあったといわれている。その後、応仁の乱(1468)の兵火で初期の建造物や宝物は焼失した。現在の寺は天保七年(1836)に7年の歳月をかけて落慶されたものであり、彫刻と絵画の美徳に優れその技には感動させられる。ご本尊は薬師如来であり、総高約2m檜材の寄木作り、室町末期(1527)に活躍した仏師(定栄)の作であり、秘仏として祀られているが旧暦4月の閏年に(約20に1回)開帳される。
住職さんと長話をさせて頂きました。道を挟んだ向こう側の平地を含めて寺院は点在していた説、簡単には発掘調査できない話、終戦の頃にここに基地を置かれた話など、とても興味深いお話でした。
今は檀家もなく寂れつつあるお寺のようですが、由緒ある立派なお寺です。時代はわかりませんが、天井絵や柱の装飾絵も残っています。20年に一度御開帳する秘仏の御本尊も「折角ですから見ますか」と横の扉を開け見せてくださいました。金箔張りの立派な御本尊でした。守っていらっしゃる方が僧籍で無いご高齢の方で檀家もなく将来に少し心配を感じました。来訪者が増えたら良いのかしら?と素人考えをめぐらしながら続いて行くことを願うばかりです。
5月8日はお祭りがありますょ❗️
今はひっそりと佇む志摩国の鎮護のためのお寺だったところです。
先日に訪問して御参りをしました 住職の奥様と色々と教えて頂いているところに住職さんが戻って来られました 年に数回あるお祭りの時には檀家や地域の方で盛大にされるそうです 海に近い為、建物への傷みが大変だそうです 維持するだけで精一杯ですとの事です 御朱印は住職さんに書いて頂きました また寄りたくなる国分寺です 備前の國より。
| 名前 |
志摩国分寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0599-47-3128 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
本堂の彫刻はなかなか。寂れているが、由緒はある。志摩国の国分寺。