信長と濃姫、愛と希望の丘。
清洲公園の特徴
織田信長公と濃姫の像が楽しめる公園です。
桜まつりの時期は賑やかで雰囲気が素晴らしいです。
近くで新幹線を見られるのが子供にも人気です。
2012年の七夕、信長像の傍に濃姫像が移設されたとの事でなんだかロマンチックですが実際このふたりに関してはかなりミステリアスでして、像の絶妙な距離感もなんとも言えません●信長●時は1560年、桶狭間の戦い若き織田信長と今川義元との合戦当時の年齢は信長27歳、義元42歳この戦いは2時間で決着していますその桶狭間へ清洲城から出陣する信長の姿そのため桶狭間方面を見据えております●濃姫●濃姫は信長の正室(本妻)で斎藤道山の娘です父の道山はマムシと呼ばれた程の策略家です1549年に信長と政略結婚しています16歳の信長のもとへ15歳の濃姫が嫁ぎましたなのでお市(信長の妹)の義理の姉にあたります明智光秀と従兄弟であるとの説もあります濃姫という名前は後世につけられた通称であり、信長公記にさえ実名や人物像、他の側室達との関係性など何もかも記録がなく信長から濃姫へ宛てた書状のひとつも残っておりません当時の女性に関する資料全般が少ない事もありますが、夫婦仲はいかほどだったのでしょう。
2026.4.4 かつての城跡である清洲公園の方も桜も素敵でした。ひとはまばらですが。
清洲公園。最初隣の清洲城址公園と間違えた。こっちの信長の銅像がある方なんだね。清須といえば信長なのかな。信長愛が伝わってくる。
春夏秋冬 桜は綺麗だしいつでも楽しめます。
かつてこの場所にあった清洲城の城域の公園です。清洲城の城域はJR線はど真ん中を通過して分断されています。JR線の南側はこの清洲公園として整備されたようです。北側は清洲古城跡公園として整備されていました。公園内は戦争記念碑、織田信長・濃姫の像、小さい桶狭間の山などがありました。でもお城を感じさせるという感じでは無かったです。
清州城跡地に設置された公園のうち、東海道線より南側にあたるエリア。1922年(大正11年)開園の歴史ある公園です。現在園内には、桶狭間の戦いに出陣する当時の若き織田信長像と、信長の正室・濃姫の像が並んで立っています。園内にはほかに遊具や芝生広場、「桶狭間山」という小さな山のある遊び場などが設置されており、普通の公園の雰囲気もあります。
名古屋近郊の人なら多分知らない人はいないのではと思うローカル公園です。桜満開のニュースと良い天気に誘われ自転車で訪問。天気の良い日曜の午後で想像通りの混雑ぶりでしたが、桜オフシーズンも知っている小生にとっては年に一度?の賑わいが微笑ましく感じました。
平日にお花見🌸で行きました。桜はまだ8分咲きみたいでしたが綺麗に見る事が出来ました。桜祭り期間内キッチンカー、露店もあり椅子やテーブルもあってゆっくり食べる事も出来ます!初めての清洲城🏯日本庭園、お土産店もあって楽しく過ごせました!
遊具あり♪トイレ(蔵っぽいデザイン)あり♪ベンチあり♪緑いっぱいの公園♪「桶狭間の戦い」に出陣する織田信長公像と濃姫像があります(*^^*)(2024/5)
| 名前 |
清洲公園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
052-400-2911 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.kiyosu.aichi.jp/shisetsu_annai/kanko_shisetsu_sonota/kiyosu_koen.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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戦国の英雄織田信長公の前半生の居城清州城跡に整備された公園で、園内中央の丘には、織田信長公と奥方の濃姫の銅像が建っており「始まりの地から二人の愛と希望の丘」と称し、信長公はあずかり知らぬことと存じますが、夫婦円満、恋愛、立身出世、必勝祈願のパワースポットとなっていました。この銅像は「桶狭間の戦い」に出陣する姿を模した銅像で、どこ向いてるんやろと思っていたら桶狭間の方向を見ておられるそうです。市民に親しまれている公園のようで、子ども達がむっちゃ虫取りにいそしんでおりました。平和な時代でなにより。